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宮川流域案内人とともに 一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り

2016年08月27日(土) 宮川流域案内人とともに 一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り (車、徒歩)

このツアーは、宮川の支流である一之瀬川の上流に位置する度会町南中村の地内を巡るものだった。主催は度会町地域資源を守る会で、宮川流域ルネッサンス協議会が後援だった。ひと地域とはいえぐる〜りと巡ると興味深い場所が多く、ひと巡りでは物足りなかったのでもう一度じっくりと巡りたくなった。

「宮川流域案内人とともに 一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り」の案内

「宮川流域案内人とともに 一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り」の案内

 

サニーロードを横切ると集合場所である南中村公民館を目指した。能見坂の手前でこの幟を発見するとこの奥に南中村公民館があった。

南中村公民館付近(度会町南中村)

南中村公民館付近(度会町南中村)

 

早々に受付を済ませると周辺を散策していたが、集合時刻の9時が迫ってきたので大急ぎで公民館へ戻るとツアーが開始されるところだった。参加者は26名。

集合、一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り(度会町南中村)

集合、一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り(度会町南中村)

 

一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡りは、主催である度会町地域資源を守る会の会長 橋本丈男さんのあいさつと説明で始まった。

度会町地域資源を守る会・会長 橋本丈男さん(宮川流域案内人)

度会町地域資源を守る会・会長 橋本丈男さん(宮川流域案内人)

 

そして、今回のツアーのほとんどのガイドを務めたのは宮川流域案内人仲間でもあり、度会町地域資源を守る会の事務局を担当している御村一真さんだった。御村さんは南中村在住で、後述する御頭神事の一番宿(神事に関わる儀式や財政面ほか全てを執り行うホスト役、ただし、現在はその形が崩れ、宿は公民館となり宿主は区長が担っている)を担当していた由緒ある家系にあるそうだ。南中村の巡りをガイドするにはもっとも相応しい人物だった。

度会町地域資源を守る会・事務局 御村一真(宮川流域案内人)

度会町地域資源を守る会・事務局 御村一真(宮川流域案内人)

 

各自で身体をほぐして歩く準備を終えると、御村さんを先頭として「ちいき巡り」が開始された。今回のルートは南中村地内で8の字を描き、約7〜8kmの行程。南中村公民館を後にすると右方向へ道なりに進んだ。次の十字路で右へ折れれば「南勢新四国八十八ヶ所」であるが、

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

南勢新四国八十八ヶ所には後で訪れるので、とにかく道なりにまっすぐ進んだ。

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

左手にはこんな風景が広がっていたので、私が風景に見惚れながら歩いていると地元の方が一言。

南中村公民館〜実観院跡の途中の風景

南中村公民館〜実観院跡の途中の風景

 

ここに浅間さんがまつらている。以前は山の上(山頂)にあったが、今は大変なのでこの場所まで下ろしている。

とのこと。

浅間さん付近(南中村公民館〜実観院跡)

浅間さん付近(南中村公民館〜実観院跡)

 

少し視線を上げると道路脇の斜面の上にまつられていた。

最近は山頂から下ろされた浅間さん(南中村公民館〜実観院跡)

最近は山頂から下ろされた浅間さん(南中村公民館〜実観院跡)

 

浅間さんに見入っていると集団から遅れをとったので、急ぎ足で追いかけた。

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

皆さんにたどり着いた頃、コンバインが通り過ぎた。

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

今でも水路には水が流れ、

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

この先にはこんな流れもあった。

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

こちらの三差路へたどり着くと南中村の名前の由来やこの付近の地区名等について解説があった。

日部(へべ)地区ほかの説明(南中村公民館〜実観院跡)

日部(へべ)地区ほかの説明(南中村公民館〜実観院跡)

 

まず、廃藩置県の頃、度会郡に「中村」なる地名は二ヶ所にあった。それらはもちろん今巡っている場所と現在伊勢市中村町になっている場所だった。同じ度会郡に同名の地名があったため、現伊勢市の中村は「北中村」にそしてこの地は「南中村」になったが、今では伊勢市は「中村町」になっている。なお、現度会町の「南中村」は行政的には今でも「南中村」だが、地元の人々は江戸時代の名残で単に「中村」と呼んでいる。行政文書によると半年間だけ一之瀬中村とされた時もあったようだ。

また、この付近は日部と書いて「ひべ」地区、今は「へべ」と呼ばれている。弥生時代の遺蹟もある古い場所だ。

この道は巡幸で倭姫命が歩いたかもしれない。

 

倭姫命に思いをはせながら・・・

南中村公民館〜実観院跡

南中村公民館〜実観院跡

 

すると左手、長谷さんちにリアリティのある人形を見かけた。その名は「ジェームズ」なり。

長谷川さんちのジェームズ

長谷川さんちのジェームズ

 

ジェームズに再会を約してこの場を離れると

実観院跡付近(度会町南中村)

実観院跡付近(度会町南中村)

 

この右手付近に実観院があったとのこと。

実観院跡付近(度会町南中村)

実観院跡付近(度会町南中村)

 

実観院跡の北側には井戸があり、

実観院跡の井戸(度会町南中村)

実観院跡の井戸(度会町南中村)

 

今でもそれなりの流量が確保されていた。夏は冷たく、冬は暖かく。

実観院跡の井戸(度会町南中村)

実観院跡の井戸(度会町南中村)

 

実観院跡の井戸を跡にするとお光石がある山の中腹へ向かった。

実観院跡の井戸〜お光石

実観院跡の井戸〜お光石

 

足元が舗装路から地道へと変わると

実観院跡の井戸〜お光石

実観院跡の井戸〜お光石

 

山の斜面を登った。

実観院跡の井戸〜お光石

実観院跡の井戸〜お光石

 

足元のサワガニに驚きながらも先へ進むと

実観院跡の井戸〜お光石

実観院跡の井戸〜お光石

 

かなりの高度を稼いだ。

お光石付近から望む南中村の風景

お光石付近から望む南中村の風景

 

お光石から少し離れた位置にには石畳の中央には粗造りの石柱が建てられている塚があった。

お光石付近の塚(度会町南中村)

お光石付近の塚(度会町南中村)

 

そして、お光石と刻された石柱の先には

お光石(度会町南中村)

お光石(度会町南中村)

 

チャート製の鏡面仕上げされたようなお光石が座していた。高さ110cm、幅55cm、奥行き50cmほどで、この鏡石は太陽の光を反射して南中村な町へ送れそうな微妙な傾斜が設定されていた。ここは私有地のために地元の方でもこの石の存在を知る人は少ないとのことだったが、先ほどのお光石と刻された石柱は何のために建てられたのだろうか? この石柱には多くの人に知ってもらいたいとの願いが込められているのではないか。

お光石(度会町南中村)

お光石(度会町南中村)

 

お光石を後にすると

お光石〜日部橋(一之瀬川)

お光石〜日部橋(一之瀬川)

 

ジェームスに再会するため(?)に長谷川さんちを訪れた。

長谷川さんちでの休憩(お光石〜日部橋)

長谷川さんちでの休憩(お光石〜日部橋)

 

奥さんが冷やした西瓜でもてなしてくださった。(感謝)

長谷川さんちでの休憩(お光石〜日部橋)

長谷川さんちでの休憩(お光石〜日部橋)

 

また、こちらの家の軒には約15mの長さの丸太が軒桁として使われていた。根元にも味が有る。

根元までを使用した15mの軒桁(長谷川宅)

根元までを使用した15mの軒桁(長谷川宅)

 

何とも豪華な軒先だろう!

根元までを使用した15mの軒桁(長谷川宅)

根元までを使用した15mの軒桁(長谷川宅)

 

程よい休息タイムを終えると来た道から外れる方向へ折れた。その道沿いの畑には・・・

お光石〜日部橋(一之瀬川)

お光石〜日部橋(一之瀬川)

 

さらに右へ折れると一之瀬川に架かる日部(へべ)橋へ向かった。

日部橋(一之瀬川)付近

日部橋(一之瀬川)付近

 

こちらが

日部橋(一之瀬川)付近

日部橋(一之瀬川)付近

 

日部橋だ。この辺には延命地蔵がまつられている。

日部橋(一之瀬川)

日部橋(一之瀬川)

 

橋の上から眺めている光景はこちら、

日部橋(一之瀬川)

日部橋(一之瀬川)

 

一之瀬川の下流側、近くには旧の橋の橋脚跡(?)、その右側にはワニのような石が突き出している。(写真には写っていないので、ぜひ訪れて眺めてみれば、)

日部橋から望む一之瀬川と古い橋の橋脚跡

日部橋から望む一之瀬川と古い橋の橋脚跡

 

日部橋を後にすると右手にはフェンスの向こうでコンバインが唸りをあげていた。

日部橋(一之瀬川)〜禊の場

日部橋(一之瀬川)〜禊の場

 

さらに進むと次の田んぼ道を左へ折れた。

日部橋(一之瀬川)〜禊の場

日部橋(一之瀬川)〜禊の場

 

田んぼ道を進むと左側に説明板が立っていた。

「禊の場」についての説明板(度会町南中村)

「禊の場」についての説明板(度会町南中村)

 

その説明板には「禊の場」についてとあった。

「禊の場」についての説明板(度会町南中村)

「禊の場」についての説明板(度会町南中村)

 

古来から続けられている御頭神事、南中村では当日の早朝に近くにある「岩の渕」での禊の後、公民館で獅子舞を終えると正午からは一之瀬神社の境内へ四ヶ所(南中村・脇出・和井野・市場)から獅子頭が集結して獅子舞が盛大に行なわれる。

【参考】

 

説明板から一之瀬川方向へ進むとこのフェンスの先に

「禊の場」の石碑、一之瀬川の「岩の渕」へ

「禊の場」の石碑、一之瀬川の「岩の渕」へ

 

「禊の場」と刻された石碑があり、階段を下ると

「禊の場」の石碑(度会町南中村)

「禊の場」の石碑(度会町南中村)

 

そこは「岩の渕」、禊の場となっている。ここは禊には相応しい清らかな流れだが、

「禊の場」、一之瀬川の「岩の渕」

「禊の場」、一之瀬川の「岩の渕」

 

南中村の獅子頭は一之瀬川をさかのぼりおばあさんに拾われた。おばあさんは御頭を拾った際に竹などで片足を怪我したためケンケンしながら持ち帰ったと・・。そのケンケンのしぐさは現在舞われる獅子神楽にも反映されている。

とのことだ。

 

「岩の渕」を後にすると県道22号方向へ向かった。

禊の場〜旧八柱神社(度会町南中村)

禊の場〜旧八柱神社(度会町南中村)

 

県道22号に出ると道路沿いに庚申塔があり、その中には

不動明王のような石像を納める庚申塔(県道22号沿い)

不動明王のような石像を納める庚申塔(県道22号沿い)

 

金剛青面像というよりも不動明王のような石像が立っていた。

不動明王のような石像を納める庚申塔(県道22号沿い)

不動明王のような石像を納める庚申塔(県道22号沿い)

 

県道22号を横断して右方向へ進むと県道から左へ入った。

県道22号から旧八柱神社跡へ(度会町南中村)

県道22号から旧八柱神社跡へ(度会町南中村)

 

目とは鼻の先を左へ(個人宅なので、畑で作業していた女性に立ち入りの許可を取って)入ると

旧八柱神社跡へ(度会町南中村)

旧八柱神社跡へ(度会町南中村)

 

旧八柱神社の跡地を見学した。

旧八柱神社跡(度会町南中村)

旧八柱神社跡(度会町南中村)

 

さらに上方へ進むと

旧八柱神社跡(度会町南中村)

旧八柱神社跡(度会町南中村)

 

この辺りには多数のお白石が残されていた。ここに本殿が建てられていたのだろう。

旧八柱神社跡(度会町南中村)

旧八柱神社跡(度会町南中村)

 

お白石を背にしてパチリ。

旧八柱神社跡付近から眺める度会町南中村の風景

旧八柱神社跡付近から眺める度会町南中村の風景

 

旧八柱神社跡を出ると右方向へ中井出バス停から旧道を・・・

BUS STOP 中井出 三重交通

BUS STOP 中井出 三重交通

 

梅橋にたどり着くと一之瀬川を渡った。右手方向は上流側、

梅橋から望む一之瀬川の上流側

梅橋から望む一之瀬川の上流側

 

堰が築かれ、その隅には魚道が設置されていた。

梅橋から望む一之瀬川の上流側

梅橋から望む一之瀬川の上流側

 

また、左手方向は下流側。旧橋の橋台が残されている。

 

 

梅橋から望む一之瀬川の下流側

梅橋から望む一之瀬川の下流側

 

梅橋から望む一之瀬川の下流側

梅橋から望む一之瀬川の下流側

 

橋を渡り終えて梅橋 バス停の手前を左へ下ると

BUS STOP 梅橋 三重交通

BUS STOP 梅橋 三重交通

 

田んぼ道を進み、

BUS STOP 梅橋 三重交通付近から道標へ

BUS STOP 梅橋 三重交通付近から道標へ

 

道路を越えた。

BUS STOP 梅橋 三重交通付近から道標へ

BUS STOP 梅橋 三重交通付近から道標へ

 

その先にはこんな道標が建てられていた。

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

 

その道標には「右 たしから、左はしかみ」と刻されていた。

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

 

三重県度会郡南伊勢町慥柄浦

三重県度会郡南伊勢町始神

のことだろう。

 

こちらの道標を後にすると

「→南勢新四国八十八ヶ所」の案内板(度会町南中村)

「→南勢新四国八十八ヶ所」の案内板(度会町南中村)

 

大宝山東明院および南勢新四国八十八ヶ所へ向かった。

臨済宗妙心寺派 大宝山 東明院と大師山(度会町南中村)

臨済宗妙心寺派 大宝山 東明院と大師山(度会町南中村)

 

大宝山 東明院の入口付近に植えられている桜は「ちょうちん桜」と称され、文字通りの形状の花が咲くそうだ。

大宝山 東明院(度会町南中村)

大宝山 東明院(度会町南中村)

 

東明院の境内は掃き清められていたので足跡を付けないように注意を払いながら南勢新四国八十八ヶ所の入口へ向かった。

大宝山 東明院(度会町南中村)

大宝山 東明院(度会町南中村)

 

その途中で、久留山妙音寺にあったとされ明治38年にこちらへ移設された宝篋印塔をパチリ。

宝篋印塔(大宝山 東明院)

宝篋印塔(大宝山 東明院)

 

こちらの石燈籠にはろうそくが立っていた。

大宝山 東明院(度会町南中村)

大宝山 東明院(度会町南中村)

 

大師堂を過ぎると

大宝山 東明院(度会町南中村)

大宝山 東明院(度会町南中村)

 

町の人々が交代で明かりを灯す常夜燈の先に南勢新四国八十八ヶ所が続いている。

南勢新四国八十八ヶ所へ(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所へ(度会町南中村)

 

この常夜灯の隣には小松作右衛門の墾田碑が建っている。

小松作右衛門の墾田碑(大宝山 東明院)

小松作右衛門の墾田碑(大宝山 東明院)

 

道行竃の大庄屋小松作右衛門が和歌山藩の許可を得て明治2年11月から翌年5月に、十数町歩を開田、一之瀬川に石畳のイガラ(堰)を作り、分水して開墾した水田に灌水した。明治18年7月に南中村村一村中で「墾田碑」を建立した。

(一之瀬川のイガラには午後から訪れた。)

 

ここからは南勢新四国八十八ヶ所。

南勢新四国八十八ヶ所へ(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所へ(度会町南中村)

 

一番から八十八番まで・・・

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

秋になるとリンドウが咲くようだ。

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

こんなにアパートのような祠も見かけた。

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

そして、「やっと」たどり着いた印象が強い最後の八十八番。

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

お参り。この付近でヤマビルが発見され、みんなが足元の点検を始めた。

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

ヤマビル騒動もあったので山頂には長居せず、一気に下った。一部異なるルートに設置されていたこちらはとても立派、石柱には東明院の名があった。

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

南勢新四国八十八ヶ所(度会町南中村)

 

南勢新四国八十八ヶ所の巡礼を終えるとすぐ近くにある南中村公民館居にて昼食タイムとなった。地元の方の好意により公民館の中は十分に冷されていて、かき氷までふるまっていただいた。また、ビデオでは一之瀬神社の獅子神楽の様子が紹介されていた。

充分な休憩を終えると午後の部が開始された。

南中村公民館付近(度会町南中村)

南中村公民館付近(度会町南中村)

 

県道22号を能見坂方向へ進むと急な階段の上には

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

 

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

 

庚申塔がまつられている。

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

 

こちらは金剛青面像だ。

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

庚申堂、県道22号沿い(度会町南中村)

 

庚申堂が道路工事に伴いこの上へ移されたそうで、以前は道路脇にあったとのことだった。

庚申塔(度会町南中村)

庚申塔(度会町南中村)

 

近くには、先ほど見かけた道標と同様のものが建っていた。「右 たしから、左はしかみ」

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

「右 たしから、左はしかみ」と刻された道標(度会町南中村)

 

さらに先へ進むと案内人達も詳細を知らない立派な石にみんなで注目。なんか謂れがありそうだが!

県道22号沿いの巨石(度会町南中村)

県道22号沿いの巨石(度会町南中村)

 

その巨石を後にすると旧道へ入った。

旧道へ(度会町南中村)

旧道へ(度会町南中村)

 

この建物の隅には

「おうむ石 是ヨリ 十丁」の道標付近(度会町南中村)

「おうむ石 是ヨリ 十丁」の道標付近(度会町南中村)

 

「おうむ石 是ヨリ 十丁」と刻された道標が建っている。

「おうむ石 是ヨリ 十丁」の道標付近(度会町南中村)

「おうむ石 是ヨリ 十丁」の道標付近(度会町南中村)

 

さらに、少し戻ったところには馬供養塔がまつられている。

旧道にまつられている馬供養塔(度会町南中村)

旧道にまつられている馬供養塔(度会町南中村)

 

馬供養塔を背にして駐車場のような空き地を抜けると中村 バス停。「南中村」ではなく「中村」となっていた。

BUS STOP 中村 三重交通

BUS STOP 中村 三重交通

 

県道22号を横断して振り返ると山の中腹には大きな岩が顔をのぞかせていた。この岩は通称、どんぶり岩とのこと。

井田屋越しに望むどんぶり岩(度会町南中村)

井田屋越しに望むどんぶり岩(度会町南中村)

 

田んぼ仕事を寡黙にすすめるおばあちゃんを横目に見ながら

久留橋(一之瀬川)橋へ

久留橋(一之瀬川)橋へ

 

久留橋を渡った。

久留橋(一之瀬川)

久留橋(一之瀬川)

 

久留橋の下流側に望めるのが先に登場した小松作右衛門の墾田碑(大宝山 東明院)の紹介であった「イガラ」。時間もなかったため、近づくことはできなかったが、次回は・・・

久留橋から望む一之瀬イガラ

久留橋から望む一之瀬イガラ

 

久留橋を渡り終えてからどんぶり橋をパチリ。

久留橋(一之瀬川)付近から望むどんぶり岩

久留橋(一之瀬川)付近から望むどんぶり岩

 

久留橋を後してさらに先へと進むと

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

 

稲刈りを横目で見ながら

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

 

久留山上さんへ向かった。

「久留山上さん」の案内板(度会町南中村)

「久留山上さん」の案内板(度会町南中村)

 

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

 

途中に獣鳥之供養塔が建っていた。

獣鳥之供養塔(久留橋〜久留山上さん)

獣鳥之供養塔(久留橋〜久留山上さん)

 

地道を抜けるとアスファルト舗装路へ一度出るのだが、十数m先で再び地道へ折れた。

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

 

道なりに進むと別荘の前(庭?)を通り過ぎて道なりに進むと山上には「山上さん」。

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

久留橋(一之瀬川)〜久留山上さん

 

こちらには蔵王権現がまつられていて今でも女人禁制である。

久留山上さん(度会町南中村)

久留山上さん(度会町南中村)

 

山上から参道を下って、鳥居を抜けてからパチリ。

久留山上さんの参道入口付近(度会町南中村)

久留山上さんの参道入口付近(度会町南中村)

 

「久留山上さん」の案内板まで戻り、坂道を少しだけ進むと右手にはこんな石柱(奉納 日本廻國)を見つけることができるだろう。

日本廻國記念碑(度会町南中村)

日本廻國記念碑(度会町南中村)

 

ここには、妙音寺と観音堂があったが、明治38年にい東明院へ移された。坂の突き当りを右方向へ進むと

日本廻國記念碑〜南中村公民館

日本廻國記念碑〜南中村公民館

 

こんな風景のなかを黙々と歩いた。

日本廻國記念碑〜南中村公民館

日本廻國記念碑〜南中村公民館

 

日本廻國記念碑〜南中村公民館

日本廻國記念碑〜南中村公民館

 

そして梅橋近くへ戻ってくると川の中に注目。

梅橋の一之瀬川上流側に残された旧橋の橋脚跡?

梅橋の一之瀬川上流側に残された旧橋の橋脚跡?

 

あれらは橋脚のあとだろうか?

梅橋の一之瀬川上流側に残された旧橋の橋脚跡?

梅橋の一之瀬川上流側に残された旧橋の橋脚跡?

 

梅橋で一之瀬川を越えると

梅橋から望む一之瀬川の上流側

梅橋から望む一之瀬川の上流側

 

速やかに南中村公民館へ向かった。

南中村公民館(度会町南中村)

南中村公民館(度会町南中村)

 

本日の「ちいき巡り」、興味深いことの連続だった。

終了のあいさつ、一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り

終了のあいさつ、一之瀬川上流「中村集落」ちいき巡り

 

橋本丈男さんの一言で締めくくられるとお開きとなった。

度会町地域資源を守る会・会長 橋本丈男さん(宮川流域案内人)

度会町地域資源を守る会・会長 橋本丈男さん(宮川流域案内人)

 

大宝山 東明院を遠望すると帰途についた。

大宝山 東明院付近の遠望(度会町南中村)

大宝山 東明院付近の遠望(度会町南中村)

 

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