楯ヶ崎と阿古師神社(熊野市甫母町)

2015年05月10日(日) 楯ヶ崎と阿古師神社(熊野市甫母町) (車、徒歩)

熊野市と尾鷲市の境界付近、熊野市甫母町にある楯ヶ崎を訪れたいと思ったのは2年前のことだった。それは熊野古道伊勢路を歩いていた時、曽根次郎坂を登り楯見ヶ丘から望んだ楯ヶ崎、あれ以来いつか楯ヶ崎を訪れたいと思っていた。しかし、それでもなかなか訪れる機会を得ることは無かった。縁が無かったのだろう。

 

楯見ヶ丘(曽根次郎坂太郎坂)

楯見ヶ丘(曽根次郎坂太郎坂)

楯見ヶ丘(曽根次郎坂太郎坂)から望む楯ヶ崎方向

楯見ヶ丘(曽根次郎坂太郎坂)から望む楯ヶ崎方向

【参考】 熊野古道伊勢路#5(JR賀田駅から甫母峠を越えて楯見ヶ丘まで) 2013年07月13日

 

ところが、ゆったりと過ごしていた今朝。天気の良い日に家の中で過ごすの本意ではない・・・・、すでに9時を過ぎた頃に身体がウズウズしてきた。先日、Facebookの友だちがアップしていた『楯ヶ崎』の写真が引き金となったのだろう。積年の思いを果たすため9時過ぎに自宅を出発した。

 

いつものように寄り道を繰り返しながら・・・、国道311号を進むと左手にこんな風景。駐車場があったので車を駐めると

国道311号から望む楯ヶ崎

国道311号から望む楯ヶ崎

 

その先にこの案内板があった。ここが楯ヶ崎への入口だ。

「←楯ヶ崎 Tategasaki」の案内板(国道311号)

「←楯ヶ崎 Tategasaki」の案内板(国道311号)

矢印の方向へと進むと国道311号の脇には楯ヶ崎遊歩道の入口があった。

楯ヶ崎遊歩道入口付近(国道311号)

楯ヶ崎遊歩道入口付近(国道311号)

 

しばらく下ると

楯ヶ崎遊歩道、「楯ヶ崎へ1.9km」

楯ヶ崎遊歩道、「楯ヶ崎へ1.9km」

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

つづら折れとなりさらに高度を下げた。

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

所々にはこのような大きな落石もちらほら。注意が必要だ。

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

ここは、遊歩道の入口から500m程の地点。

楯ヶ崎遊歩道、「楯ヶ崎へ1.4km」

楯ヶ崎遊歩道、「楯ヶ崎へ1.4km」

 

さらに道なりに進むとさらに500mくらい先で海岸へと出た。

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

 

ここは阿古師神社付近で、石垣の前を進むと

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

 

鳥居の先にはこの風景が広がっていた。

阿古師神社の鳥居から望む風景(熊野市甫母町)

阿古師神社の鳥居から望む風景(熊野市甫母町)

 

振り返るとこの鳥居。海からの参拝者を迎えている鳥居だ。

阿古師神社の鳥居(熊野市甫母町)

阿古師神社の鳥居(熊野市甫母町)

 

鳥居をくぐるとその右手には次の説明板があった。

阿古師神社の説明板(熊野市甫母町)

阿古師神社の説明板(熊野市甫母町)

熊野市指定文化財
史跡 阿古師神社
所在 甫母町607番地
指定 昭和44年7月17日
二木島湾を抱く東の岬にあり 対して西の岬に室古神社がある
祭神は豊玉姫命 伊勢大神 三毛入野命との説がある
「日本書紀」持統天皇六年(692)阿胡の行宮において紀伊國牟婁郡の阿古志海部 阿瀬磨呂の兄弟が鮮魚を献上したとあるのはこの神社である
ここの祭礼は古代を最も厳格に伝承しており阿古師、室古両社にちなむ関船早漕ぎ競漕(二木島祭)は往年の熊野水軍や捕鯨の勢子船の早漕ぎを彷彿させる
平成20年6月20日
熊野市教育委員会

ただし、二木島祭は

2010年(平成22年)11月3日の開催を最後に担い手不足からおよそ300年続いた祭りの歴史は途絶えた

そうだ。

 

阿古師神社の説明板(熊野市甫母町)

阿古師神社の説明板(熊野市甫母町)

 

説明板の右側には「楯ヶ崎0.9km」の案内板、あと半分くらいだ。

阿古師神社付近、「楯ヶ崎へ0.9km」(熊野市甫母町)

阿古師神社付近、「楯ヶ崎0.9km」(熊野市甫母町)

 

ここでは、まずはその左側へと進み

阿古師神社(熊野市甫母町)

阿古師神社(熊野市甫母町)

 

阿古師神社にお参りした。

阿古師神社(熊野市甫母町)

阿古師神社(熊野市甫母町)

 

お参りを終えてから海に向かってパ〜チリ。

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

阿古師神社付近(熊野市甫母町)

 

阿古師神社を後にすると先ほどの案内矢印に従って遊歩道を登った。

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

巨大な丸い石がふたつ。まるで乳房のようだった。それにしても丸みを帯びた優しげな岩があると思えば、

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

このように角張った岩も点在していた。

楯ヶ崎遊歩道

楯ヶ崎遊歩道

 

遊歩道を歩いていると波の音は聞こえるのだが、なかなか海を見ることができないと思っていたところ、突然にこの部分だけ視界が開けた。遠くには笹野島が望めた。

楯ヶ崎遊歩道から望む笹野島方向

楯ヶ崎遊歩道から望む笹野島方向

 

ほどなく到着したのはこの分岐、

分岐付近に設置されている案内地図(楯ヶ崎遊歩道)

分岐付近に設置されている案内地図(楯ヶ崎遊歩道)

 

展望台の文字に誘われて左側のルートを選択した。

分岐付近に設置されている案内地図(楯ヶ崎遊歩道)、「楯ヶ崎展望台0.3km」

分岐付近に設置されている案内地図(楯ヶ崎遊歩道)、「楯ヶ崎展望台0.3km」

 

道なりに進むとベンチがある場所へ到着した。ここで海を眺めると

楯ヶ崎展望台(楯ヶ崎遊歩道)

楯ヶ崎展望台(楯ヶ崎遊歩道)

 

楯ヶ崎を望むことはできなかったが、こんな素晴らしい風景を観ることができた。水が透き通っている!

楯ヶ崎展望台からの眺望(楯ヶ崎遊歩道)

楯ヶ崎展望台からの眺望(楯ヶ崎遊歩道)

 

展望台を後にしてさらに進むと左手には英虞崎の千畳敷と笹野島が望めた。

楯ヶ崎遊歩道から望む英虞崎の千畳敷と笹野島

楯ヶ崎遊歩道から望む英虞崎の千畳敷と笹野島

 

この階段がある場所で遊歩道を離れると英虞崎の千畳敷へ下った。

楯ヶ崎遊歩道から英虞崎の千畳敷へと下る階段

楯ヶ崎遊歩道から英虞崎の千畳敷へと下る階段

 

近くにはこの台座があった。

神武天皇上陸之聖跡碑 遺構(英虞崎の千畳敷)

神武天皇上陸之聖跡碑 遺構(英虞崎の千畳敷)

(後で分かったことなのだが、これは歴史学者 西田直二郎博士により建てられた神武天皇上陸之聖跡碑の遺構で、昭和34年の伊勢湾台風がもたらした大波で流され今は台座のみが残されている。とのこと)

その奥には二木島燈台が見える。

 

こちらが二木島燈台だ。

二木島燈台

二木島燈台

 

千畳敷へ戻り、

英虞崎の千畳敷英虞崎の千畳敷と神武天皇上陸之聖跡碑 遺構、二木島燈台

英虞崎の千畳敷と神武天皇上陸之聖跡碑 遺構、二木島燈台

 

笹野島の方向をパチリ。

英虞崎の千畳敷英虞崎の千畳敷と笹野島

英虞崎の千畳敷と笹野島

 

そして、こちらは待望の楯ヶ崎。パチリ。

楯ヶ崎(熊野市甫母町)

楯ヶ崎(熊野市甫母町)

 

他にはだれもいなかった。感動的は出会い、パチリ!

楯ヶ崎(熊野市甫母町)

楯ヶ崎(熊野市甫母町)

 

なお、手摺はこんなことになっていた。波の力か?

英虞崎 千畳敷の破壊された手摺と楯ヶ崎

英虞崎 千畳敷の破壊された手摺と楯ヶ崎

 

さらに楯ヶ崎に近づいて、パチリ。

楯ヶ崎

楯ヶ崎

 

この連続性を見るとこの先へ行けそうなものだが、ルートは見当たらなかった。(残念)

楯ヶ崎

楯ヶ崎

 

こちらは背面の燈台方向。

楯ヶ崎

楯ヶ崎

 

この辺りで遅いめの昼食となった。今日はいつも通りおにぎりなのだが、コンビニおにぎりだった。楯ヶ崎とおにぎり、私にとってはベストコンビだ。

楯ヶ崎とおにぎり

楯ヶ崎とおにぎり

 

至福の時を過ごすと動けなくなる前に腰を上げた。楯ヶ崎を後にすると

楯ヶ崎付近の海面付近

楯ヶ崎付近の海面付近

 

二木島燈台の脇を過ぎた。

二木島燈台付近から望む笹野島

二木島燈台付近から望む笹野島

先ほどの分岐で往路に合流すると阿古師神社付近へ戻った。

阿古師神社境内に建つ道標(熊野市甫母町)

阿古師神社境内に建つ道標(熊野市甫母町)

 

このあとは急いで車へ戻ると波田須町に鎮座する徐福の宮へと向かった。

 

【 20150510 の記録 】

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です