石垣定哉展(三重県立美術館)

2016年12月03日(土) 石垣定哉展(三重県立美術館) (車、徒歩)

毎月参加している写真好学研究所の写真講座、今回はヒビコレではなく三重県立美術館での開催となったので津市を訪れた。予定は「第7回三重の作家たち展2016(三重県文化会館ギャラリー)」、「石垣定哉展(三重県立美術館)」の鑑賞だったが、日永の追分まで遠回りの寄り道のため時間が足りなくなってしまった。こちらのパンフレットを目にしてどうしても石垣定哉展を見てみたかったので

石垣定哉展(三重県立美術館)

石垣定哉展(三重県立美術館)

 

【参考】

 

石垣定哉展(三重県立美術館)

石垣定哉展(三重県立美術館)

 

石垣定哉展を鑑賞するために直接、三重県立美術館へ向った。

石垣定哉展(三重県立美術館)

石垣定哉展(三重県立美術館)

 

チケットを購入すると急ぎ足で企画展示室へ・・・。

石垣定哉展(三重県立美術館)

石垣定哉展(三重県立美術館)

 

展示室へ入るとカラフルな抽象画が迎えてくれた。大判の油彩が一室の壁面を覆い尽くしていた。なかでも私が釘付けになったのは「クィーンズボロ・ブリッジ」(1994)。完璧な抽象画だと思っていたのだが、実は下地に具象が存在しているような・・・。また、疑問に思ったのは243.5×183.0サイズのカンヴァスが横に3枚並べられた壁面。カンヴァスを構成する主色は右から緑、赤、青で、タイトルはそれぞれ異なっていた。これらは刈谷市美術館が所蔵しているそうだが、そちらでもこの配置での展示なのだろうか、それとも作者の指示なのだろうか? この配置の理由に興味を持ってしまった。

こんな感じで絵画を鑑賞していたので、四色ボールペンを使って気になることをメモしていたところ、警備の方が近寄ってきて鉛筆を手渡してくれた。「ここでは鉛筆しか使えませんので、どうぞ。お帰りの際に受付に返していただければ・・・」 私は注意深くペン先を出し入れしていたが、その音が聞こえていたのだろう。それにしても美術館では鉛筆しか使用できないとは知らなかった。それは古文書の整理と同じだ。無知な自分に反省。

縦長カンヴァスの油彩「鷲のいるクライスラービル」も気になった。鷲の姿よりもビルの上部に顔が見えてしまったのだ。

さらに驚いたことは片隅に展示されていた小ぶりな「ロックフェラー・ビルディング」(1996)などの水彩画。作風が全く異なって見えたので別人なのではと思ったくらいだ。

隣の展示室へ移動すると目に付いたのは「ドラゴン」(1996)のタイトルが付けられた二枚の油彩で、カンヴァスが縦長の楕円形。ドラゴンの両目にも見えるカンヴァスは扉にも見え、ここから別世界へ招き入れられるのではないかとの錯覚に陥った。同じ展示室の別の壁面では、先に感じた抽象性の中に具象を感じたことが顕著になっていた。それは「武者絵」シリーズで、特に「武者絵4(格闘する男)」(2000)は武者の顎の輪郭が鮮明に描画されていた。

さらに隣へ移動すると妖艶な雰囲気の油彩「ダンサー」、「ダンサー」、「ダンサー」・・・」(2004)。脚の長さが気になってしまった。(そこかい) ここで私がダンサー以上にインパクトを受けたのは油彩「ブルゴーニュの夜明け」(2004)で抽象画なのに写真に見えてしまったから不思議だ。色使いだけでなく、なんだろう?

そして、最後の展示室には1970〜80年代、石垣定哉さんが20代〜30代の作品が展示されていた。これらは今まで観た作品とは大いに異なる印象があり、油彩「人形の部屋」(1974)は立体視できる画像ではないかと思い、二体の人形の姿を平行法でしばらく眺めてしまった。(立体には見えなかったが・・・)

 

こんナ感じで興味深い世界を徘徊させていただいた。寄り道を繰り返したため十分な時間がとれなかったのが残念だった。

とりあえず、私のメモとして残しておこう。

 

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