宇治山田市の名残りを求めて、明倫商店街ほか

2017年05月28日(日) 宇治山田市の名残りを求めて、明倫商店街ほか (徒歩)

午後からは【キタヰの妻】とウォーキングに。

伊勢銀座新道商店街のギャラリーヤマダヤにて伊勢市の木漆工芸作家である野嶋峰男さんの作品展を体感してから図書館にて調べモノ。後は帰宅するだけとなったのだが、前日に投稿した記事へのコメントが心の隅にひっかかっていた。

【参考】

 

に対して、次のようなコメントをいただいた。

宇治山田の文字に桜は! まだ有るのですか?その方が良かった!と♪

 

桜の花びらで、山の字が!宇治山田ではなく、山でした。

 

私の中には余り意識できていなかった宇治山田(市)のこと。宇治山田市は1906年(明治39年)9月1日に発足し1955年(昭和30年)1月1日には伊勢市と解消された。この50年足らずの期間に存在していた名前だ。

そんな痕跡を見つけるのは面白いだろう。どんな記号であるのかも知らないのに、図書館を後にすると二人の視線は地面を舐めるように・・・

なかなか見つからない。それなら古い道、世古を選んで歩きながら、最終的には「明倫商店街へ行こう!」となった。

その途中、畑病院の前から矢防世古の先を歩いていると・・・、【キタヰの妻】と顔を見合わせた。これは見たことがない? 振り返ってパチリ。

宇治山田市(?)の量水器

宇治山田市(?)の量水器

 

これは量水器の蓋だが、山を模したサクラの花びらのようで、内部は水。もしかして宇治山田市(?)。確証が持てないので(?)に。

宇治山田市(?)の量水器

宇治山田市(?)の量水器

 

この先へ進むとこの場所にでた。

伊勢市本町付近

伊勢市本町付近

 

続いて見かけたのは世木神社と伊勢庄やの間でパチリ。文字幅と間隔ではおそらく5文字、「宇治山田市」と想像できるがこの蓋にはコンクリートが残されていてこれも(?)

宇治山田市(?)の水道制水弇

宇治山田市(?)の水道制水弇

 

その後、吹上交差点を過ぎて明倫商店街の近くでもパチリ。これは先ほどのマークが似ている。

宇治山田市(?)の止水栓

宇治山田市(?)の止水栓

 

そして、明倫商店街へ入った。最初に発見したのはこちらの消火栓。

宇治山田市の消火栓(明倫商店街)

宇治山田市の消火栓(明倫商店街)

 

かなり削れてしまっているが、

宇治山田市の消火栓

宇治山田市の消火栓

 

○○山田市の文字が確認できる。これは宇治山田市で確定だろう。

宇治山田市の消火栓

宇治山田市の消火栓

 

さらに明倫商店街の別の場所でもパチリ。

宇治山田市(?)の量水器

宇治山田市(?)の量水器

 

こちらは先に見たマークの止水栓。

宇治山田市(?)の止水栓(明倫商店街)

宇治山田市(?)の止水栓(明倫商店街)

 

さらに量水器の蓋、

宇治山田市(?)の量水器(明倫商店街)

宇治山田市(?)の量水器(明倫商店街)

 

蓋。

宇治山田市(?)の量水器(明倫商店街)

宇治山田市(?)の量水器(明倫商店街)

 

そして、商店街を出ようとした際に目に入ったのはこちら

宇治山田市の水道○○○(明倫商店街)

宇治山田市の水道○○○(明倫商店街)

 

水の文字は確実に読み取れる。上部は「宇治山田」?

宇治山田市の水道○○○(明倫商店街)

宇治山田市の水道○○○(明倫商店街)

 

この通路を後にすると

明倫商店街

明倫商店街

 

別の通路へ移動した。これは何だろう?

?(明倫商店街)

?(明倫商店街)

 

明倫商店街での調査(寄り道)を終えるとJR参宮線の吹上踏切へ向った。その手前では

宇治山田市の水道制水弇(JR参宮線 吹上町踏切)

宇治山田市の水道制水弇(JR参宮線 吹上町踏切)

 

まさにこれぞ「宇治山田市」と主張している蓋に引き止められた。

宇治山田市の水道制水弇

宇治山田市の水道制水弇

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です