2015年02月21日(土) 蕾が膨らみかけた臥龍梅(伊勢市御薗町新開) (徒歩)
近所にある臥龍梅(伊勢市御薗町新開)、3月1日8日(訂正、20150225、【参考】http://blogs.yahoo.co.jp/komasa5678komasa/39164268.html)に『梅祭』が予定されているので梅の状況確認のために訪れた。
【参考】 以前の『梅祭』の様子
- 臥龍梅(伊勢市御薗町新開)- 梅まつり(2013) 2013年03月10日
臥龍梅がある新開臥龍梅公園へのアプローチは二ヶ所、まずはこの案内板に従い、民家の間をくねくねと進むルート。
もうひとつは、このミラーに映る
こちらの路地を進みルートである。
この入口には、菅原神社の名もある。
路地を先へ進むと周囲に民家が建ち並ぶなかに多数の梅の木が植えられている。
臥龍梅、そして菅原神社が祀られる由緒はこちらの案内板にある。
臥龍梅(がりゅうばい)
(昭和四十六年八月一日 伊勢市指定天然記念物)
新開の臥龍梅は、齢一千餘年と称せられる。人皇六十代醍醐天皇の御代菅原道眞公は、右大臣として仕えていたが、左大臣藤原時平の中傷により、延喜元年(西 暦901)太宰権帥(だざいごんのそつ)に左遷され、御心憂のうち、延喜三年(西暦903)配流の地に没した。その間、御傍に仕えていた今村刑部師親(い まむらぎょうぶもろちか)に、このまま筑紫の果てで朽ちてしまったら、身に負う冤罪(えんざい)を雪(すす)ぐことすらできないと、崇敬(すうけい)され ていた伊勢神宮に代参させて、日ごろ賞愛の梅を伊勢の地に奉納植樹させ冤罪(えんざい)の晴れるのを祈願した。
その梅が臥龍梅であり、「コノ梅ハ成長シ、日本無双ノ名木トナルベシ」と申されたと「勢陽五鈴遺響」に綴られている。
現在も臥龍梅は、春二月から三月にかけて、花は紅白の八重で一つの花にめしべを多数もち、実を多く結ぶという珍しい梅で「座論梅」とも又「八房の梅」(三 重県植物誌)とも呼称されている。新開区で管理し、枯死寸前になった臥龍梅の保存のため、枯木の素木を、実生、さし木、接木等により、若木を育成し補植し ている。
(参考文献)
勢陽雑記・勢陽五鈴遺響
三重県植物誌・臥龍梅小誌
御薗村誌
伊勢市教育委員会
菅原神社の近くでは梅の花がチラホラと咲いていた。
お参り。そう言えば、こちらでの祭典の話は聞いたことがない、誰かに伺ってみようと思っていたが私が訪れた時には誰もいなかった。次回に!
鳥居の脇にある手水石には氷が張っていた。まだまだ寒い。
園内を一周すると所々にチラホラと咲き始めているが・・・
ほとんどが蕾。かなり膨らみ始めていた。
そして、最後には菅原神社の左手にある最も古い臥龍梅の木、
こちらも多数の蕾をつけていた。
臥龍梅は開花も楽しめるが、その後の房をつけた時も楽しめる。二度美味しい。
【参考】 臥龍梅の八房の梅
- 臥龍梅の「八房の梅」その後(伊勢市御薗町新開) 2011年04月17日
【 20150221 の記録 】
- 蕾が膨らみかけた臥龍梅(伊勢市御薗町新開)
- ご近所のお伊勢さん125社 河原神社(毛利神社を同座)
- 二木神社、お稲荷さん(伊勢市御薗町小林)
- 史蹟 山田奉行所跡から山田奉行所記念館へ
- 冬期特別企画展「幕末・・伊勢の海防と山田奉行」(山田奉行所記念館)
- 月夜見宮お白石奉献の上せ車、「月夜見尊」ねぶた飾り車ほか(宮後奉献団)
- お白石持行事の前日(月夜見宮)
- 遷座祭 栄通神社(伊勢市通町)