蓮華寺と内城田神社(度会町棚橋)

2014年12月21日(日) 蓮華寺と内城田神社(度会町棚橋) (車、徒歩)

南伊勢町河内の仙宮神社を後にすると新能見坂トンネルを抜けて度会町棚橋へたどり着いた。友人が要望した2箇所目は蓮華寺で、

京都醍醐寺から来住した大中臣氏出身の通海によって中興された。通海は勅願によって、文永・弘安の役の際に異国降伏の祈りを行ったという。蓮華寺の末寺は20ヵ寺を数え、志摩の国まで荘園を持っていた

【参考】 次のPDFファイルのP.8 – 写真 3 蓮華寺より引用

 

訪れた理由は、中興の祖であり通海参詣記(太神宮参詣記)を著した僧 通海のお墓にお参りしたいからだった。

 

私は一度だけ蓮華寺を訪れたことがあった。それは棚橋の御頭神事を見学した時、周囲を散策した時だった。前夜からの雪が雨に変わり、凍えながら辛うじてお参りした状況だった。

【参考】

 

今回は天候が良く、じっくりとお参りできた。

【蓮華寺】

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

道路から数段の石階を進むと

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

山門の先に本堂が望める。

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

この本堂は新しいように見えるのだが、

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

実は次の記述にあるように歴史のある建造物だそうだ。

本堂等は1723年に建てられたもので、280年の年月を経ていますが、近年、瓦の吹き替や内外の汚れ落とし等を行い、美しく生まれ変わりました。

【参考】 蓮華寺(伊勢志摩きらり千選) より 引用

 

本堂の片隅には

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

修復された石仏はポツンと置かれていた。

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

そして、本堂に向かって左側、観音堂の手前には

蓮華寺の観音堂(度会町棚橋)

蓮華寺の観音堂(度会町棚橋)

 

五輪塔などが建ち並んでいる。

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

表示もなく、石に刻された文字も判別できない状況で形状と古さ加減からこの五輪塔が通海を供養していると判断し、お参りした。(私は便乗)

蓮華寺(度会町棚橋)

蓮華寺(度会町棚橋)

 

帰宅後に調べたところ、先ほど紹介した「みえの歴史街道/ウォーキング・マップ:熊野脇道(PDF)」のP.8 – 写真 4 五輪塔には、これと同じ写真が掲載され

蓮華寺にあり、通海を供養するとされる。

と記されている。この五輪塔で間違っていなかったのだった。

 

観音堂の屋根の宝珠を眺めてから蓮華寺を後にすると

蓮華寺の観音堂(度会町棚橋)

蓮華寺の観音堂(度会町棚橋)

 

蓮華寺と隣接する内城田神社へと向かった。

 

【内城田神社】

こちらでもあの凍えるほどの寒さのなかでお参りした記憶が蘇ってきた。

【参考】

 

ただ、拝殿には扉があるのでたとえ外が吹雪いていようがここにいる限りは寒さを凌ぐことができる。

内城田神社(度会町棚橋)

内城田神社(度会町棚橋)

 

お参りを終えて拝殿を出ると

内城田神社(度会町棚橋)

内城田神社(度会町棚橋)

 

拝殿を出て左側(拝殿に向かって右側)に祠を見つけた。(前回の訪問時には気づいていなかった?)

内城田神社、耳の神(度会町棚橋)

内城田神社、耳の神(度会町棚橋)

隣には「耳の神」と書かれた立札があった。

 

以上で、蓮華寺と内城田神社を後にすると多気町相鹿瀬にある伊勢大神宮寺・逢鹿瀬寺跡へと向かった。

 

【 20141221 の記録 】

 

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