2014年12月13日(土) 「禁殺生」石に導かれて仙宮神社へ(南伊勢町河内) (車、徒歩)
倭姫宮を訪れた後、伊勢を出て度会郡南伊勢町河内へと車を走らせた。それは友人に誘われて一緒に訪れようと約束した仙宮神社だった。本日は突然の予定変更で午後から磯部町での講演会に参加することになり、午前中の空き時間を利用して仙宮神社へ向かったのだった。突然だったので友人には何も告げずに突っ走ってしまった。(後で友人に謝罪した。)
【参考】
国道260号を走ると錦方向へ走ると河内トンネルを抜けて坂道を下りきると河内川に架かる河内橋がある。橋の手前を左へ入ると仙宮神社はすぐ近く。しかしながら通り過ぎた私は数百m先で気付いてUターン。その前に河内川の対岸に仙宮神社を遠望してパチリ。
私が仙宮神社を訪れたかったのは、紀州藩が建立したとされる「禁殺生」石があるはずだったから。
お伊勢さん125社を巡っていると一部の神社に「禁殺生」石が建っている。また、125社以外の佐那神社や阿射加神社、須加神社等でも見かけた。
【参考】
「禁殺生」石について以前に調べたところ、『嬉野史 通史編』付章 第三節 嬉野の石造文化財 の五『「禁殺生」石碑と紀州藩寺社施策』を見つけた。
【参考】
こちらの(式内社以外)の表に「仙宮神社」の名前があり、いつか訪れたいと思っていた。
私が訪問したかった理由はこれだけだったが、友人によると仙宮神社は歴史的に重要な神社なのだそうだ。
訪問してそれが体感できたので、帰宅後にネットで調べてみるとゲンキ3.netにサルシカ隊長が仙宮神社の宮司さんにインタビューした記事が掲載されていた。実はこの記事を読んだら仙宮神社についてかなり深いところまで理解できる充実した内容だ。
【参考】
こちらも興味深い
これらの記事を紹介してしまうと私の写真を紹介するのは忍びないが、私が体験した記録として残しておこう。
近くの広場に車を駐めさせていただき、
手水舎へ向かった。
手水舎の前から鳥居に向かってパチリ。
鳥居をくぐると
右側のスギの幹に「神宮スギ」の説明板は掛けられていた。
見上げてパチリ。
参道を進むと奥の鳥居の手前右側に見慣れた石碑が・・・。
その前に由緒をパチリ。
そして、私の目的であった「禁殺生」石をパチリ・・・・・・・、
「禁殺生」「享保甲辰」
その裏には「仙宮神」と刻されていた。
鳥居の先には本殿遙拝所が設置されている。この後、石段を登ってその理由がわかった。
石段を登り始めると数段先の右側に
古札納所がある。
自然風化させる仕組み?
さらにその先左側には、ゲンキ3.netの記事で紹介されていた「バクチの木」。
振り返ってパチリ。これだけでもかなり登った感覚、
でも、これから先はこの何倍も登るのだ!
軽快に登ると右手に祠。石が祭られていた。これは?
その先で階段は折り返し、さらに上っている。
さらに登ると途中に大きな岩が集まっている場所があった。
最近、大岩を目にすることが多い。何かあるのか?
さらに登ると2度めに折り返す。ここで折り返すとこの先が頂上だ。
・・・
登り切ってから手水石のところで振り返ってパチリ。
手水石を背にするとこちらが正面。
鳥居をくぐると画馬殿(絵馬殿)を左手に見ながら拝殿へ向かった。
立派な扁額を確認してから
先へ進むと
本殿の前でお参り。
振り返って拝殿をパチリ。
本殿の左側へ回り込むと
祠があり、その奥には大きな岩が望めた。
振り返ってパチリ。
続いては、本殿の右側へ回りこんでパチリ。
御創立の由来には、
往古の御鎮座であり、「天照皇大神御降臨記」にある志摩国多古志宮の旧跡であり外宮の流れを汲み度会神道と深い関係がある。
と記されているが、社殿の様式は神明造ではなく、春日造だろうか?
また、さらに奥へ進むと
そこには、「旧蹟 志摩国 多古志宮」の石碑が建っている。
その奥は、古代祭祀の跡である磐座が残されている。
磐座の周囲には縄が張られているので、その回りを左方向に巻いてみた。
さらに進むと斜面を下り磐座を見上げた。ゲンキ3.netの記事ではこの辺りに『猿の顔を発見!』と紹介されているが私は気づくこともなく通り過ぎた。
さらに、巻き込むと・・・・
拝殿の左側、祠の近くへ出た。磐座を一周したことになる。
足元に落ちていたヒノキの種をパチリ。
画馬殿(絵馬殿)へ戻ってくるとこの掲示を見かけた。「告 ご朱印は麓の宮司宅にて受け付けています。・・」
これらは百人一首の絵馬、
こちらは、天の岩窟にまつわる絵だろうか?
境内の隅にある特別な場所?を確認してから
その場所を背にすると石段を下った。
参拝を終えて帰ることになると空に太陽が現れ始めた。
長い石段を下ると登りでは気付かなったことに気づいた。赤い色の石が多い!
石段を下り最初の鳥居をくぐり返してから一拝すると右手には道が続いていた。麓にはこのお宅しかないようだ。するとこちらが宮司宅なのだろう。
最後に鳥居の脇にある石の上で珍しいものを目にした。
それは鹿の角だった。
素晴らしい仙宮神社を後にすると
志摩市磯部町へと向かった。
【 20141213 の記録 】
- 式年遷宮を終え雨儀廊が撤去された倭姫宮
- 「禁殺生」石に導かれて仙宮神社へ(南伊勢町河内)
- 河村瑞賢公園と大仙寺(南伊勢町東宮)
- 御遷座を終えた穂原神社(南伊勢町伊勢路)
- 雨儀廊撤去後に初めてのお参り(伊雜宮)
- 旧殿舎が解体された佐美長神社
- かつて神楽殿があった佐美長神社