お伊勢さん125社まいり 外宮・小俣・宮川めぐり他(1 of 3)

2015年08月01日(土) お伊勢さん125社まいり 外宮・小俣・宮川めぐり他(1 of 3)(自宅〜宮川左岸桜の渡し場跡) (徒歩)

本日はお伊勢さん125社のなかでも最近お参りできていなかった摂社・末社を中心に巡った。写真が多くなってしまったのでブログの記事としては三部構成に分割、巡った神社等は次の通り。

 


【本日巡った神社ほか】 お伊勢さん125社、 その他神社、 本記事分


1 of 3 (自宅〜宮川左岸桜の渡し場跡)
高向大社(伊勢市御薗町高向)
宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座
清野井庭神社(豊受大神宮摂社)
草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)
若宮八幡宮(伊勢市宮川)
豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)
宮川(右岸)桜の渡し場跡付近
宮川(左岸)桜の渡し場跡付近


2 of 3 (宮川左岸桜の渡し場跡〜園相神社)
小俣神社(豊受大神宮摂社)
八柱神社(伊勢市小俣町元町)
上社(伊勢市辻久留)

志等美神社(豊受大神宮摂社)、大河内神社(同摂社)、打懸神社(同末社)

浅間堤(松井孫右衛門堤)
川原神社(皇大神宮摂社)
園相神社(皇大神宮摂社)


3 of 3 (園相神社〜自宅)
田上大水神社(豊受大神宮摂社)、田上大水御前神社(同末社)
山末神社(豊受大神宮摂社)
度会大国玉比賣神社(豊受大神宮摂社)
伊我理神社(豊受大神宮末社)、井中神社(同)を同座
茜社(伊勢市豊川町)
豊川茜稲荷神社(伊勢市豊川町)
「外宮さんゆかたで千人お参り」の準備が進められる外宮表参道口
月夜見宮(豊受大神宮別宮)、高河原神社(同摂社)


 

午前8時頃に自宅を出発すると国道23号の高向交差点付近に架かる歩道橋を渡った。

高向交差点付近の歩道橋(国道23号)

高向交差点付近の歩道橋(国道23号)

 

その上から本日の最初の訪問地である高向大社の社叢(右側)と次に向かう宇須乃野神社の社叢を遠望。

高向交差点付近の歩道橋(国道23号)から遠望する宇須乃野神社および高向大社の社叢

高向交差点付近の歩道橋(国道23号)から遠望する宇須乃野神社および高向大社の社叢

 

社叢を目指してたどり着いたのは高向大社。

高向大社(伊勢市御薗町高向)

高向大社(伊勢市御薗町高向)

 

社務所に掛けられたしめ飾りにはこの地域に多く見られる「笑門」や「蘇民将来子孫家門」等の桃符はなくシンプルなものだ。

高向大社の社務所(伊勢市御薗町高向)

高向大社の社務所(伊勢市御薗町高向)

 

なお、高向大社で執り行われる御頭神事は国の重要無形民俗文化財に指定されている。

【参考】 詳細は次のリンクより・・・

 

参道の先、右手にある手水舎にて手水を受けると太い注連縄をくぐり、拝殿にてお参り。

高向大社(伊勢市御薗町高向)

高向大社(伊勢市御薗町高向)

 

参道を戻ると鳥居の先には宇須乃野神社の社叢となっているクスノキが遠望できる。巨木だ。

高向大社から遠望する宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)の社叢

高向大社から遠望する宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)の社叢

 

この社叢を目指せば迷うことなくたどり着くことができる。縣神社(豊受大神宮末社)を同座する宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)の社域へ入るとまずはお参り。

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

 

お参りを終えてから見上げると社殿の前に建つ鳥居の上には先ほど遠望したクスノキが・・・。

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

 

宇須乃野神社を後にしてから振り返ってパチリ。

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)、縣神社(同末社)を同座

 

こんな雰囲気のある蔵の前を通り、

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)付近に建つ蔵

宇須乃野神社(豊受大神宮摂社)付近に建つ蔵

 

高向西公園の脇を過ぎると近鉄宮町駅にほど近い、近鉄山田線 踏切道小俣15号を目指した。踏切付近に到着すると観光列車「つどい」が通過していった。

近鉄山田線 踏切道小俣15号

近鉄山田線 踏切道小俣15号

 

近鉄の踏切、さらに進んでJR参宮線の踏切も渡る。さらに進むと左手にこんな雰囲気の「宮町名店街」がある。「3年間限定、伊勢を発信するWEBマガジン」15emitで紹介されていたので、訪れたいと思っている場所である。看板の「町」の字が回転してして(しまって)いるのが妙にいい。

宮町名店街(伊勢市宮町)付近

宮町名店街(伊勢市宮町)付近

 

【参考】 

 

宮町名店街に未練を残しながら先へ進み、宮町交差点の手前にある路地へと右折するとこの場所、民家が建ち並ぶ風景のなか前方右側には社叢が確認できる。

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)の社叢遠望

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)の社叢遠望

 

その緑に近づくとこちらが清野井庭神社(豊受大神宮摂社)。

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)付近

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)付近

 

道路に面してオープンな入口を入ると社号標が目に入る。

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

 

周囲は暑い日差しが強く降り注がれているが、このなかは木漏れ日が落ちる程度で気温が一気に下がる。

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

 

お伊勢さん125社では社域をうろうろしないようにしていたのだが、先日訪れた宇治山田神社の件もあるので最近は踏み跡があれば散策させていただくこととしている。

【参考】

そのお陰でこんな風景は今回が初めて。

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

清野井庭神社(豊受大神宮摂社)

 

清野井庭神社を後にすると同じく豊受大神宮の摂社である草奈伎神社、大間国生神社へ向かった。もうほんとにお隣さんの感覚だここは草奈伎神社および大間国生神社が鎮座する社叢の脇、大間国生神社のすぐ近くの場所で、この道路の先が清野井庭神社の社叢。目と鼻の先、スープが冷めない距離だ。

大間国生神社(豊受大神宮摂社)付近から遠望する清野井庭神社(豊受大神宮摂社)の社叢

大間国生神社(豊受大神宮摂社)付近から遠望する清野井庭神社(豊受大神宮摂社)の社叢

 

社域の入口へ向かい、社叢を右方向に巻いた。

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)付近

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)付近

 

社域の入口に建つ社号標には右側に「草奈伎神社」、左側に「大間国生神社」の名がある。

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)

 

しかし、中へ入るとその配置は逆転している。入口に面して配置されている石積みの立派な蕃塀に向かい左奥に見えるのが豊受大神宮(外宮)の第一摂社である草奈伎神社。

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)

草奈伎神社(豊受大神宮摂社)、大間国生神社(同)

 

両神社(ただし、大間国生神社には社殿が二宇)にお参りを終えてから来た道とは別方向へ進むとクスノキの並木が中央分離帯となっている広い道路、JR参宮線山田上口駅前通りへ出る。右方向へ進むと

JR参宮線山田上口駅前通、クスノキの並木

JR参宮線山田上口駅前通、クスノキの並木

 

無人駅である山田上口駅でトイレを借りた。列車が通過する音が聞こえたのでトイレから飛び出したところ

JR参宮線山田上口駅

JR参宮線山田上口駅

 

回送列車が通り過ぎていった。

JR参宮線山田上口駅にて見送った回送列車

JR参宮線山田上口駅にて見送った回送列車

 

山田上口駅を出ると右方向、宮川方向へと進んだ。次の道標を過ぎた交差点を右折。

「右 宮川渉場 六丁三十九間」の道標

「右 宮川渉場 六丁三十九間」の道標

 

妻入りの家が建ち並ぶ道を・・・

「右 宮川渉場 六丁三十九間」の道標〜宮川(桜の)渡し場跡

「右 宮川渉場 六丁三十九間」の道標〜宮川(桜の)渡し場跡

 

途中で路地を(左へ)入ると若宮八幡宮にお参り。

若宮八幡宮(伊勢市宮川)

若宮八幡宮(伊勢市宮川)

 

先ほどの道路へ戻ると宮川橋方向へ進んだが、この丁字路を左折した。その先には郵便ポストと同じような色の

宮川橋手前の丁字路(伊勢市宮川)

宮川橋手前の丁字路(伊勢市宮川)

 

案内板が立っていた。「←豊吉稲荷大明神」

豊吉稲荷大明神の案内板

豊吉稲荷大明神の案内板

なお、その矢印の反対側を見ると「伊勢街道松並木」と刻された標石を発見、その道路沿いには多数の松が植えられていた。往時を忍ばせる雰囲気を取り戻すにはあと何年かかるだろう?

伊勢街道松並木の標石(SANCO 宮川町 バスのりば付近)

伊勢街道松並木の標石(SANCO 宮川町 バスのりば付近)

 

先ほどの案内板へ戻ると矢印に従って宮川方向へ・・・、朱の鳥居を越えてから振り返ってパチリ。こちらが豊吉稲荷大明神。

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

 

お参りを終えてから全体の雰囲気をパチリ。

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

 

なお、社殿の前に掲げられた板には「寒中御見舞」の札が貼られていた。今年のものは三枚「河崎吉家講」「筋向橋商店会青年部」「京町稲荷講奉賛会」。

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

豊吉稲荷大明神(伊勢市宮川)

 

豊吉稲荷大明神を後にすると宮川の右岸堤防へと向かった。

豊吉稲荷大明神から宮川右岸堤防へ

豊吉稲荷大明神から宮川右岸堤防へ

 

階段を上ると整備された堤防道路が広がっている。左方向には楠大明神が遠望できたのだが先のことを考えるとこの距離の往復を省略してしまった。遙拝。

宮川右岸堤防にて楠大明神方向の遠望

宮川右岸堤防にて楠大明神方向の遠望

 

先ほどお参りした豊吉稲荷大明神の社叢を眺めてから

宮川右岸堤防にて豊吉稲荷大明神方向の眺め

宮川右岸堤防にて豊吉稲荷大明神方向の眺め

 

堤防道路を下流方向へと進んだ。

宮川右岸堤防を桜の渡し場跡方向へ

宮川右岸堤防を桜の渡し場跡方向へ

 

その先にあるのは、江戸時代のおかげ参りにて参拝者で賑わった桜の渡し(下の渡し)跡。

「宮川・桜の渡し(下の渡し)」の説明板付近

「宮川・桜の渡し(下の渡し)」の説明板付近

 

こちらの説明板を背にして

「宮川・桜の渡し(下の渡し)」の説明板

「宮川・桜の渡し(下の渡し)」の説明板

 

宮川橋の右側の細い路地を進むとその先に・・・

説明板の前から宮川右岸 桜の渡し場跡方向へ

説明板の前から宮川右岸 桜の渡し場跡方向へ

 

なお、以前も別の記事で紹介したのだが、この場所には「宮川渡場」と刻された道標が建っていた。いつの頃からかその姿が見当たらずの真相を知りたいと思っていた。

民家が解体され、消えた「宮川渡場」道標

民家が解体され、消えた「宮川渡場」道標

 

【参考】

 

たまたまこの場所へ軽トラックで現れた男性に話を聞いたところ「解体業者が家を解体した時に持っていった。国交省に言わないと・・・」とのことだった。

 

消えた「宮川渡場」道標は産廃として処分されてしまったのか、それとも誰かに売られてしまったのか?結局のところ、真相は分からずじまいだ。

 

この場を後にすると宮川橋へ向かった。桜の渡しの全景をパチリ。JR参宮線の鉄橋と交差するように・・・。

宮川橋から望む宮川桜の渡し全景

宮川橋から望む宮川桜の渡し全景

 

橋を渡りきった辺りで列車が走る音が聞こえてきた。

宮川橋から望む宮川

宮川橋から望む宮川

 

思わず反応してパチリ。

宮川を渡るJR参宮線

宮川を渡るJR参宮線

 

宮川の左岸河川敷へ下ると鉄橋をくぐり

宮川左岸河川敷にて(宮川橋下流側)

宮川左岸河川敷にて(宮川橋下流側)

 

対岸にある桜の渡し跡へたどり着いた。以前は常夜燈および東屋が建っていたが、台風で被災してからはこの状態なのか?

宮川(左岸)桜の渡し場跡付近

宮川(左岸)桜の渡し場跡付近

 

続いては 2 of 3 (宮川左岸桜の渡し場跡〜園相神社)

 

 

【 20150801 の記録 】

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*