伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

2014年07月26日(土) 伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会 (徒歩)

約一年前、私が熊野古道伊勢路を歩くように背中を押してくれた福元ひろこさん。彼女のおかげで私は熊野古道伊勢路を伊勢から熊野速玉大社(新宮)まで踏破することができた。

【参考】

 

今年はほぼ60年周期で繰り返される「おかげ年」。「おかげ年」とは神宮への参拝者が記録的に増加する年である。そのおかげ年にちなみ伊勢では『伊勢おかげ年フォーラム』が4回のシリーズで開催されている。その第二回が 「伊勢→熊野 歩く旅」をテーマとした福元ひろこさんの講演会だった。『伊勢おかげ年フォーラム』では天照大神の御杖代として巡幸された倭姫命に焦点を当て、今回は遙宮と呼ばれる瀧原宮への旅が熊野古道伊勢路の一部をたどったことから今回のテーマと講師が選定されたとのこと。

『伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会』のフライヤー

『伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会』のフライヤー

 

福元ひろこさんとの再会を楽しみに講演会々場である伊勢市観光文化会館へ向かった。

伊勢市観光文化会館

伊勢市観光文化会館

 

伊勢市観光文化会館は宇治山田駅の正面にある。

伊勢市観光文化会館から望む宇治山田駅

伊勢市観光文化会館から望む宇治山田駅

 

4階の大会議室へ入ると約一年前のトークライブの時と同様に最前列右端の席に陣取った。

伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

 

開場が13時で、講演開始は13時半だった。

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参加者は徐々に集まり、講演開始直前には満席になっていた。

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挨拶と講師紹介が終了すると「福元ひろこ」さんの登場!

伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

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まずは、

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自己紹介。

伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

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続いてテーマと講演の流れについての説明。

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2010年、約1000kmのサンティアゴ巡礼路を歩いて外に出ると内のよさが分かることを知り、日本を知らないことを痛感した。

歩く旅の魅力とはなんなのか?、日本を知りたい、日本を歩きたい。四国八十八か所巡礼も考えたが・・・

 

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歩く旅の魅力とは
(1)たくさんの出会いがある
(2)シンプルになれる。歩く旅に出ると「歩く、食べる、寝る」の繰り返しで動物的になり、思考もシンプルになる。そのため、不安や迷いが取れる。
(3)この世界の摂理/神秘に触れることができる。怪しい話のように聞こえるが実は一番の魅力である。絶対に困らない体験など世界の仕組みの不思議を実感できる。腑に落ちる。

荷物は軽い方が歩く旅を楽しめる。それは人生も同じ。巡礼路には不要なものを入れておくと必要な人は誰でももらえる箱がある。このように自分には不要なもの提供し自分に必要なものをいただける環境で旅を続けると所有の概念がなくなる。頭では考えずに感覚に従うと必要なものは必ず与えられる。一切心配はいらない。歩く旅ではタオルが落ちていたし、下着や靴まで落ちていた。

 

伊勢おかげ年フォーラム第二回 「伊勢→熊野 歩く旅」福元ひろこ講演会

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また、痛いことよりも痒いことの方が耐えられない事実を体感(痛感)している時にある庭先を覗きこんだ、そこは巡礼路を歩く旅人のための宿(アルベルゲ)だった。その宿で旅人のお世話をしていたスイス人の女性に虫さされのように点々と赤くなった手を見せたところ、旅の途中で彼女だけが南京虫(トコジラミ)被害であることを指摘し適切に処置してくれた。衣服類とすべての持ち物を熱いお湯で消毒し、もちろん着ている服もすべて消毒したため、彼女は自分自身の衣類、下着までを貸してくれた。
これは一例であるが、南京虫の被害(悪いこと)が起きなければ彼女には逢えなかった。つまり、この世界には良いことも悪いこともない。すべては必要なことが存在しているだけ。すべては完璧なタイミングで動いている。この時、腹落ちした。

(南京虫の話を始めた頃、福元ひろこさんの語りはエンジン全開となり、講演の最後までそのパワーは衰えなかった。)

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このような素晴らしい体験を積み重ねたサンティアゴ巡礼路の歩き旅を終えると、こんな体験はサンティアゴ巡礼路だけで起こるのか?日本でも体験できるのか?この考えを検証するために日本で歩くための道を探し始めた。北海道から沖縄までのさまざまなルートを検討したが・・・。
日本でもすべては完璧なタイミングでやって来た。京都・奈良の二泊三日旅行で天河神社を訪れた際、たまたま皆既日食の日であり祭典に参加を促された。祭典には関係がなかった山ガール二人と共に参加した。祭典が終了し山ガール二名と部外者は私達だけだと顔を見合わせた。

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その後、山ガールの二名が玉置神社(奈良県吉野郡十津川村玉置川)へ向かうと聞き、ゴトビキ岩と呼ばれる大岩が神殿脇にある神倉神社(和歌山県新宮市神倉)と勘違いして自身も玉置神社へ向かった。
そして、玉置神社を訪れると目の前には神が降臨すると思わせるほどの幽玄さ、一瞬にして魅せられてしまった。玉置神社が熊野本宮大社の奥宮であることを知ると熊野を歩くことが決定。

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それならなぜ熊野古道(紀伊路、中辺路、小辺路、大辺路、伊勢路、大峯奥駆道)のなかでも伊勢路を選択したのか? それは日本有数の聖地「伊勢神宮」と「熊野本宮」をつなぐことに惹かれた。本当に歩けるのか、どんな道なのかを知りたい。また、物理的な歴史は勝者の論理で成り立っているが聖地には民族や人類の内面的、精神的な歴史を知るヒントがある。最後にある程度の距離を歩いた方が達成感がある。このような理由から熊野古道伊勢路が選ばれた。

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以上で第一部、歩く旅の魅力、なぜ歩いたか?が終了した。

 

続いては第二部、熊野古道伊勢路踏破体験談。

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東京では出来る限りの資料を集めて歩き旅に臨んだが、現地にはより濃い情報がある。伊勢路を歩く前に現地での情報収集も兼ねて伊勢や志摩を巡った。そして、伊勢の豊かさを実感した。食べ物はもちろんのこと、歴史・文化、さらに神社が点在している。また、神宮にお参りし(皇大神宮別宮である荒祭宮での参拝 を待つ長蛇の列の写真を示しながら)日本人の宗教観を考え直した。無宗教ではなく、さまざまなものを受け入れられる許容性、柔軟性、和合の心など素晴らし い宗教観を持っていると。

伊勢周辺で好きな場所は内宮なら瀧祭神、風日祈宮橋、そして20年前に中学校の修学旅行で訪れた時と変わっていなかった赤福の店舗(宇治橋の近く)・・・

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そして、熊野古道伊勢路踏破の初日のスライドが開始された。
神宮のお参りの習わし(外宮から内宮への順)に従うため、外宮から内宮へ戻り、再び外宮へ戻ってから田丸へと向かった。

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夏の日中、太陽に照らされたアスファルトからの照り返しは熱い。昔の旅人が笈摺に着替えて熊野へと旅立った田丸を過ぎると女鬼峠へ向かった。女鬼峠では名前、現場の雰囲気から恐怖の余り駆け出し、走って峠を越えた。そのため写真は一枚もない。この時、医療ドラマで使用される「峠を越えた」の意味を実感でき た。

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その後、宿泊先である栃原の岡島屋さんに到着、ここでも感動がたくさん。

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福元ひろこさんの歩くたびは喜怒哀楽に溢れている。

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温かいおもてなしに、歩きつづける元気を頂いた。
歩いていると、楽なことだけではないけれど、
歩くからこそ出逢える人がいて、
歩くからこそ感じられることがある。

感動センサー&感謝センサーが磨かれる。

たった一つの出会い、嬉しい事、で、
大変だな〜ということも
「歩いて良かった!」にひっくり返る。

熊野古道伊勢路踏破体験談第一日分が終了して講演の残り時間は約5分。
「これもすべてを見せてはいけない。」と・・・見せなかったことが次につながる。すべては完璧なタイミングで動いている。とすかさずまとめに入った。まるで演出のようだった。
熊野古道伊勢路踏破体験談は著書「歩く旅の本 伊勢→熊野」福元ひろこ(東洋出版)を読めば共に歩いた体験ができる。

【参考】

 

ホームページはこちら

 

まとめでは、次の言葉を紹介。

  • お遍路の言葉「同行二人」、常に弘法大師と共にある。
  • You’ll never walk alone.

そして、最後に友人である中野裕弓さんが訳した Margaret Fishback Powersの詩 FOOTPRINTSを朗読した。これも感動モノだった。

その詩の訳文は中野裕弓 (なかのひろみ)さんのオフィシャルブログで紹介されている。

【参考】

また、原文はこちらで紹介されている。

【参考】

 

最終の質問コーナーでは、会場から質問箱に質問シートが集められたが、

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講演終了時刻に質問箱を空にするなど演出と思えるほどの神がかりなエンディング、面白く、楽しく素晴らしい講演会だった。

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講演後は前回に続き、サインを頂いた。

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また、伊勢から熊野への歩き方 熊野古道伊勢路図会 新・平成の熊野詣の世界遺産登録10周年記念冊子[非売品]が置かれていたので一冊頂いた。また、歩かなくては!

伊勢から熊野への歩き方 熊野古道伊勢路図会 新・平成の熊野詣

伊勢から熊野への歩き方 熊野古道伊勢路図会 新・平成の熊野詣

 

後日談となるが、福元ひろこさんは講演の翌日、熊野の丹倉神社で執り行われる友人の結婚式に参列するため伊勢市駅を始発列車(4時47分発)で出発する予定だった。ところが講演後に近くのいせシティプラザで開催されていた『第62回神宮式年遷宮写真展 お白石持行事「伊勢の町衆」』を訪れたところ、写真家の松原豊さんも同じ結婚式に参列することが分かり、松原さんの車に同乗させてもらっている。など彼女の回りではここ数日だけでもたまたまではあり得ないような体験が繰り返されていた。
彼女の体験は「導かれる」というよりも「すべてをご自身が導いている」ように感じられる。まさに「導きの女神」である!

 

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