古文書の会(くずし字勉強会)-201702(河邊七種神社社務所にて)

2017年02月11日(土) 古文書の会(くずし字勉強会)-201702(河邊七種神社社務所にて) (車、徒歩)

古文書の会(くずし字勉強会)に参加するために河邊七種神社(伊勢市河崎)を訪れた。

河邊七種神社(伊勢市河崎)

河邊七種神社(伊勢市河崎)

 

参道を進み手水を受けると

河邊七種神社の参道(伊勢市河崎)

河邊七種神社の参道(伊勢市河崎)

 

河邊七種神社と境内社である吉家(稲荷)神社にお参りしてから社務所へ入った。

河邊七種神社(伊勢市河崎)

河邊七種神社(伊勢市河崎)

 

参加者は講師である千枝大志さん(中京大学文学部学芸員)を含めては8人だった。

河邊七種神社社務所(伊勢市河崎)

河邊七種神社社務所(伊勢市河崎)

 

今回の教材はこちらの古地図で「里中町繪圖面」なるもの。

古文書の会(くずし字勉強会)-201702(河邊七種神社社務所にて)

古文書の会(くずし字勉強会)-201702(河邊七種神社社務所にて)

 

ここには多数の人名が記されているが、「右ヱ門」「兵衛」「土蔵」「納屋」など繰り返して現れる語句も多いので何となく読めてしまうので「ああ、読めるようになった」と勘違いしてしまう。「まだまだ勉強せねば・・・」

また、この地図には作成された年代は記されていない。しかし講師の千枝さんの考察によると

ここまで細かく地図に描く理由はなんだろう? それは趣味のものではなく税金や負担金のためと想像できる。すると伊勢河崎商人館に展示されている川ざらえ絵図に関連しているのかも。さらに、この地図に記されている久田右仲なる人物、医者で文仲と想定できるので彼なら1800年初めの人。するとこの地図は二つの想定から1800年初めのモノと考えられる。

こんな結論に至るには豊富な知識と経験が必要だ。積み重ねが重要と思い知らされる。

 

勉強を終えて河邊七種神社を後にすると「継続は力なり」と唱えながら河崎を後にした。

北新橋(勢田川)

北新橋(勢田川)

 

来月は写真展示のために両日(くずし字勉強会、古文書整理)とも参加できない。

川の駅 河崎付近から望む勢田川

川の駅 河崎付近から望む勢田川

 

【参考】

 

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