2015年03月14日(土) 後鎮祭(風宮) (車、徒歩)
第62回神宮式年遷宮、豊受大神宮の別宮である風宮の遷御を終えると伊勢神宮のすべての別宮が遷御を終える。遷御の儀に向けた遷宮諸祭儀が予定通り斎行された。
【風宮】
杵築祭 3月14日 8:00
後鎮祭 3月14日10:00
川原大祓 3月14日15:00
杵築祭に続き、後鎮祭が執り行われた。杵築祭を終えると雨が降り出し、後鎮祭は雨儀となった。
【後鎮祭】
新宮の竣工を鎮謝(ちんしや)し、大宮地(おおみやどころ)に坐す大神をお祭りする神事です。まず新殿前に物忌・宮掌が忌 物(いみもの)・神饌・鶏卵(けいらん)をお供えし、権禰宜(外宮は宮掌)が祝詞を奏上し、諸員が八度拝。次いで神饌をお下げし、忌物は御床下に奉埋(ほ うまい)されます。宮掌二名が天平瓮(あめのひらか)を安置、榊囲(さかきかこい)を奉仕し、権禰宜がこれを検知して祭儀を終えます。
杵築祭の拝観を終えると月夜見宮を往復した。外宮へ戻ると三ツ石付近には後鎮祭の修祓の準備が終えられていた。
三ツ石の前には
五色布が立てられ、その前には大麻と御塩が準備されていた。三ツ石の本来の役割である。遷宮における祓所の位置を示す。
後鎮祭もこの三ツ石付近で拝観できると期待していたのだったが、空は険悪な表情を見せた。ポツポツと・・・、最初はこの場所での決行が噂されていたが、さすがにこの様子では難しいとなり雨儀に変更された。
三ツ石付近に準備されていた五色布や辛櫃などは
大庭にある五丈殿へと移された。
すると大庭がさらに掃き清められた。
五丈殿では・・・
実はまだ足らないものがあったのだった。
機が熟すると
白布に覆われた・・・、
伏籠が運ばれた。その中には鶏の姿が認められた。
そして、
報鼓が鳴らされると斎館より参進が開始され、
第二鳥居をくぐり、神楽殿の前を通過した列は参道を直角に折れ、大庭にある五丈殿へと向かった。
【動画】 1分34秒( 7.5 MB )
奉仕者が五丈殿に列立すると修祓が開始された。
祓詞の後、
大麻と御塩により・・・
【動画】 43秒( 3.4 MB )
修祓を終え風宮への参進を再開するまでは、大庭周辺の参道の通行が規制されていた。
修祓を終えると参進が再開された。
【動画】 58秒( 4.6 MB )
辛櫃を先頭に、
鎮地祭と同様に後鎮祭でも物忌として奉仕する童女が続いた。
大庭を出ると表参道から別宮への参道へと・・・
その際の参進の様子がこちら。かなりゆったりとした参進だった。神職のみの参進は早歩きであるので、童女の歩みに合わせたものなのだろう。ただ、それでも彼女の一歩は大きかった。
【動画】 31秒( 2.5 MB )
参進の列が風宮へと向かう間、五丈殿からは五色布が片付けられた。
参拝者も多く、風宮での後鎮祭拝観を諦めた私は神札授与所の前で退下の列を待っていた。
30分ほど経過すると風宮での後鎮祭が終了し、退下となった。
別宮への参道から表参道へと戻ると
ゆったりと時が流れるような・・・
「おつかれさま!」
第二鳥居をくぐると斎館へと戻った。
【 20150314 の記録 】
風宮の遷宮諸祭儀
その他
- 雨儀廊に加え、奉拝席にも仮設テントが準備された風宮
- 神路通り(外宮北御門口〜月夜見宮)に新たに設置された?案内板
- 日別朝夕大御饌祭の参進(外宮)
- 遷宮を終えて古殿が解体された月夜見宮
- 戸川覚写真展「阿仁根子」(伊勢和紙ギャラリー)
- 坂之森稲荷社の寒中御見舞札ほか(伊勢市八日市場町)
- 伊勢の町を走る「ピカチュウ電気バス」と「神都バス」(三重交通)
- 宮崎お花畑付近のお伊勢さん125社
- 風宮の石垣に隠れていたハート型の石