ある意図をもって訪れた多岐原神社(皇大神宮摂社)と三瀬の渡し(宮川)

2015年12月12日(土) ある意図をもって訪れた多岐原神社(皇大神宮摂社)と三瀬の渡し(宮川) (車、徒歩)

本日の重要な訪問地のひとつがこちらの多岐原神社(皇大神宮摂社)だった。なぜだろう?

それは第62回神宮式年遷宮に関係する。今年の3月15日、豊受大神宮の別宮である風宮が遷御を終えると内宮、外宮に始まった神宮式年遷宮としては幕を閉じた。しかしながら、お伊勢さんを構成する125社の多くは摂社、末社、所管社であるそれらの御造替は今後も数年を掛けて執り行われる。

【参考】

 

園相神社に始まり志等美神社・大河内神社、さらには打懸神社、そして最近では神服織機殿神社・同社末社八所、神麻続機殿神社・同社末社八所が大修繕および御造替の後、遷御を終えている。

偶然にも園相神社の仮殿を目にすることができた時からこれらの摂社・末社が新しく生まれ変わる過程を追いかけ、体感することができた。

12月10日に神麻続機殿神社・同社末社八所が遷御を終えたが、次に遷御を迎えるのはどちらの神社だろうか? 現時点では情報がなく、新たな手がかりを求めての訪問だった。それなら、なぜこちらへ・・・?

それは先日多岐原神社を訪れた際に参道の変化を知ったからだった。今まで砂利道だった参道(坂道)がアスファルト舗装されていたのだ。

【参考】

 

もしかしたら重機を運び込むために・・・・ではないかと想像してしまった。(実際に訪れてみると情報は得られたのだが・・・)

 

三瀬坂峠登り口の近くの路上に車を駐めると<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標へと歩いた。

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標付近

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標付近

 

こちらの道標に従って坂道を下ると

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標

 

こんな風景が待ってくれている。

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標付近

<多岐原神社へ、三瀬坂峠へ>の道標付近

 

坂道をさらに下るとこの脇道、こちらが多岐原神社へと続く坂でアスファルト舗装された道だ。

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

 

どんどん下ると

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

 

・・・

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

多岐原神社(皇大神宮摂社)への坂道

 

竹箒で落ち葉を掃いている女性に出会った。挨拶を交わすと「どちらから?」との問い。私が「伊勢です。」と応えると質問はさらに詳しくなり「伊勢のどちらから?」、私は「御薗です。」するとその女性は「私は小俣です。」

私の頭の中では「???」。「嫁いで来られたのですか?」と質問しようとしたところ、「娘が嫁いでいるので、毎週掃除に来ています。」と。つまり娘さんが多岐原神社をお守りされているお宅に嫁ぎ、彼女は毎週小俣から多岐原神社を訪れて娘さん家族と共に多岐原神社を清掃されているとのことだった。(毎週、感謝)

清掃作業(多岐原神社)

清掃作業(多岐原神社)

 

お礼を述べて参道を進むと

多岐原神社(皇大神宮摂社)付近の風景

多岐原神社(皇大神宮摂社)付近の風景

 

その先には見慣れない説明板が立っていた。

新しく建てられた倭姫伝説(多岐原神社の起源)のイラスト説明板

新しく建てられた倭姫伝説(多岐原神社の起源)のイラスト説明板

 

それはイラストを使用した倭姫伝説(多岐原神社の起源)の説明板だった。瀧原宮の前に立てられたとは聞いていたが、多岐原神社にも立てられていた。

新しく建てられた倭姫伝説(多岐原神社の起源)のイラスト説明板

新しく建てられた倭姫伝説(多岐原神社の起源)のイラスト説明板

 

この案内板を背にするとその向かいが多岐原神社。ご家族で清掃中だったのでなるべく邪魔にならないように

清掃作業(多岐原神社)

清掃作業(多岐原神社)

 

お参り。

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

しかし、これだけは確認しなくては・・・と清掃中の男性(嫁がれた娘さんの御主人、おそらく祝部)に話を伺った。

「こちらでも社殿は建て替えられるのですか?・・・」と尋ねると

「こちらは2020年、五年後に隣の敷地に建てられることが決まりました。」と・・・。

私はありがたいやら残念やら・・・。御造営の時期が分かりありがたいのだが、予想に反したことだったので残念な気持ちも半分だった。

 

私は気持ちが舞い上がっていたのだろう。他にも質問したいことはたくさんあったのだが、お礼を述べると

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

清掃の邪魔にならない場所で紅葉を眺めていた。

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

すると坂道を清掃されていた女性が戻って来られた。

清掃作業(多岐原神社)

清掃作業(多岐原神社)

 

私は多岐原神社を後にすると宮川の辺り(三瀬の渡し場)へと向かった。

多岐原神社から三瀬の渡しへ

多岐原神社から三瀬の渡しへ

 

空は雲ひとつない青空・・・(ところが)

多岐原神社から三瀬の渡しへ

多岐原神社から三瀬の渡しへ

 

宮川の辺りへと近づき

多岐原神社から三瀬の渡しへ

多岐原神社から三瀬の渡しへ

 

動物の足跡に従って先へ進むと

動物の足跡を追って(三瀬の渡し付近

動物の足跡を追って(三瀬の渡し付近

 

そこには濁って淀んだ宮川が待っていた。大雨の影響でこんな状態になっていた。川と空とがアンマッチな状態だった。

三瀬の渡し(宮川)

三瀬の渡し(宮川)

 

すでにお昼を過ぎていたので三瀬の渡しの川原にて「おにぎらす」の昼食となった。

「おにぎらず」の昼食(三瀬の渡しにて)

「おにぎらず」の昼食(三瀬の渡しにて)

 

ここでも丸い石を探したが、丸みはあるものの平らな石ばかりだった。

三瀬の渡し付近(宮川)

三瀬の渡し付近(宮川)

 

川原での昼食を終えると再び多岐原神社にお参りした。

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

枯れ葉ひとつない状態に掃き清められた境内地に独り佇んだ。(感謝)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

多岐原神社を後にした。

多岐原神社(皇大神宮摂社)

多岐原神社(皇大神宮摂社)

 

【 20151212 の記録 】

 

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