新ブログサイト『神宮巡々3』開設のお知らせ

『神宮巡々』、『神宮巡々2』ブログのデータベースが巨大化してしまったため、別途 『神宮巡々3』を新設しました。
2010年〜2013年の記録は『神宮巡々』を、最新の記録は『神宮巡々3』をご覧ください。 ( 2017年12月31日 【キタヰ】こと、桝屋善則 )

東海道 四日市宿から伊勢街道 鈴鹿宿(近鉄四日市駅~日永の追分)

2014年01月04日(土) 東海道 四日市宿から伊勢街道 鈴鹿宿(近鉄四日市駅~日永の追分) (電車、徒歩)

昨年の5月5日に近鉄桑名駅から近鉄四日市駅まで東海道を歩いたが、あれから半年以上が経過。

【参考】

 

今年の目標のひとつに「少しづつ細切れででも三重の街道を歩く。」を掲げたので、早速実践するために東海道から伊勢街道へ向かうルートのうち近鉄四日市駅から近鉄白子駅までを歩いた。

四日市から歩き始める場所を失念してしまったので、まずは明確に記憶している諏訪神社まで戻り、そこから歩き始めることにした。今回参考とした資料は「みえ歴史街道 ウォーキングマップ」、ただし記録として残すためにはマップとの対応付けが分かりやすい(距離が明記されているため)近鉄のてくてくまっぷを利用した。

なお、今回の記録は三分割したため、まずは前回の後半部の諏訪公園からと今回新たに歩いた近鉄四日市駅~日永の追分である。ここで参考にしたマップ類は次の通り。

【参考】 みえ歴史街道 ウォーキングマップ

【参考】 てくてくまっぷ 東海-2、伊勢-1

なお、この記録の写真見出しにある()内の数値は てくてくまっぷ伊勢-1に記されている距離を示す。

 

8時頃に近鉄四日市駅に到着。早速、駅を出るとアーケードを抜けてから左方向へ進み

近鉄四日市駅

近鉄四日市駅

諏訪公園へ向かった。見覚えのある風景だ。

諏訪公園

諏訪公園

 

諏訪神社の裏手の鳥居をくぐると

諏訪神社

諏訪神社

政成稲荷大明神、山津見神社の脇を通り

政成稲荷大明神、山津見神社(諏訪神社)

政成稲荷大明神、山津見神社(諏訪神社)

諏訪神社の正面へ向かった。まずは手水舎にて心身を清めた。手水石には魚屋中の文字が刻されている。

諏訪神社

諏訪神社

お参りを済ませると

諏訪神社

諏訪神社

表の参道から境内を出た。

諏訪神社

諏訪神社

 

諏訪神社の前には次の説明板が立っている。街道歩きを実感できる。

東海道五十三次四日市 三重川の説明板(諏訪神社前)

東海道五十三次四日市 三重川の説明板(諏訪神社前)

そして、諏訪神社の前、この通りが東海道。交差点からこちらへ向かい

東海道(諏訪神社前)

東海道(諏訪神社前)

 

表参道スワマエのアーケードへと続いている。ここからはまっすぐ進めばいい。

表参道スワマエアーケード入口(諏訪神社前)

表参道スワマエアーケード入口(諏訪神社前)

朝早いためほとんどの店のシャッターは閉じられたままだった。寄り道できなくていいか・・。

表参道スワマエアーケード(中央通り付近)

表参道スワマエアーケード(中央通り付近)

アーケードを抜けると前方には中央通りが走っている。しかし、この付近には横断歩道もない。さすがにこの道幅を横切る気にはなれない。しかたなく左手にある交差点にある横断歩道を渡った。

東海道(表参道スワマエアーケードから中央通りへ)

東海道(表参道スワマエアーケードから中央通りへ)

 

交差点を渡るとアーケードに続く通りまで戻った。するとそこには「東海道」の石柱が立っている。ここからが本日の街道(東海道・伊勢街道)歩きのスタートとなった。

東海道の道標(313)

東海道の道標(313)

 

右手に「阿せち?」と読める石標のある橋を渡った。

「阿せち?」の石標がある橋(388)

「阿せち?」の石標がある橋(388)

橋の上流側はこんな感じ。ここは阿瀬知川のようだ。

阿瀬知川(388)

阿瀬知川(388)

 

東海道の案内板。

「東海道」、「浜田城址 鵜森神社・・→ 300m」の案内板

「東海道」、「浜田城址 鵜森神社・・→ 300m」の案内板

 

しばらく、道なりに進んだ。

東海道(560)〜(930)

東海道(560)〜(930)

御菓子司 東京堂。(今日歩いて感じたことだが、とにかくこの通りにはお菓子店が多い! この後もどんどん登場する。のんびりと街道を楽しむ方にはもってこいの休憩スポットとなるだろう。)

御菓子司 東京堂、東海道(560)〜(930)

御菓子司 東京堂、東海道(560)〜(930)

 

東漸寺。

東漸寺、東海道(560)〜(930)

東漸寺、東海道(560)〜(930)

東漸寺、東海道(560)〜(930)

東漸寺、東海道(560)〜(930)

 

さらに進むと

東海道(560)〜(930)

東海道(560)〜(930)

近鉄名古屋線の高架をくぐる。

東海道、近鉄名古屋線の高架(930)

東海道、近鉄名古屋線の高架(930)

街道の所々、家の壁や窓に「東海道」の案内札を掲げられている。

東海道(930)〜(1089)

東海道(930)〜(1089)

 

ポストを過ぎると

東海道(1089)

東海道(1089)

道幅がかなり広くなる。

東海道(1089)〜(1303)

東海道(1089)〜(1303)

三叉路に至るとその先は道幅が再び狭まり、古い時代の街道を忍ばせる建物も残っている。

東海道(1303)

東海道(1303)

 

こちらのお宅の前には

お地蔵さん(1403)

お地蔵さん(1403)

木製の祠の中にお地蔵さんが祀られている。

お地蔵さん(1403)

お地蔵さん(1403)

 

その先には鈴木薬局(旧鈴木製薬所)。

鈴木薬局(旧鈴木製薬所)、東海道(1403)〜(1585)

鈴木薬局(旧鈴木製薬所)、東海道(1403)〜(1585)

鈴木薬局(旧鈴木製薬所)、東海道(1403)〜(1585)

鈴木薬局(旧鈴木製薬所)、東海道(1403)〜(1585)

 

次の交差点を右に折れると近鉄内部線 赤堀駅があるので、寄り道。

「東海道」、「加藤翠松堂製薬 八阪神社・・→」の案内板(1585)

「東海道」、「加藤翠松堂製薬 八阪神社・・→」の案内板(1585)

ちょうど電車が到着。見慣れない色、形の電車だ。近鉄内部線は一時期、八王子線と共に廃線の危機となっていたが昨年秋に「公有民営方式」としての存続が決定されたそうだ。

近鉄内部線 赤堀駅

近鉄内部線 赤堀駅

 

赤堀駅から東海道へ戻ると落合橋を渡る。

落合橋(落合川)(1700)

落合橋(落合川)(1700)

落合橋(落合川)(1700)

落合橋(落合川)(1700)

 

右手に四日市赤堀郵便局を見ながらさらに進むと

東海道、四日市赤堀郵便局付近

東海道、四日市赤堀郵便局付近

「東海道」、「誓覚寺、誓元寺→」の案内板

「東海道」、「誓覚寺、誓元寺→」の案内板

前方に坂道が見える。鹿化橋だ。

東海道(1933付近)

東海道(1933付近)

 

その前に、御菓子司 まめ庵。お菓子店だ。

御菓子司 まめ庵、東海道(1933付近)

御菓子司 まめ庵、東海道(1933付近)

 

鹿化橋を渡ると

鹿化橋(鹿化川)(1933)

鹿化橋(鹿化川)(1933)

「東海道」の案内板、鹿化橋(鹿化川)(1933)

「東海道」の案内板、鹿化橋(鹿化川)(1933)

その先を右、堤防ではなく、下って左方向へ。

鹿化橋(鹿化川)(1933)

鹿化橋(鹿化川)(1933)

 

すると先ほど見えていた社叢が近づき、鳥居が見える。大宮神明社。

大宮神明社(2096)

大宮神明社(2096)

大宮神明社の説明板(2096)

大宮神明社の説明板(2096)

大宮神明社の御由緒(2096)

大宮神明社の御由緒(2096)

参道を進むと氏子さんが作業中だった。

大宮神明社(2096)

大宮神明社(2096)

境内には正面に大宮神明社、右手には御由緒にある摂社 二柱大神だろうか。また、本殿と摂社の間の奥にも小社が祭られていた。

大宮神明社(2096)

大宮神明社(2096)

 

東海道へ戻ると

東海道(2096付近)

東海道(2096付近)

こんな売り物件も。

東海道(2096)〜(2403)

東海道(2096)〜(2403)

魚傅の前を過ぎてしばらく進むと

東海道(2096)〜(2403)

東海道(2096)〜(2403)

 

この建物の角に

ジュニア模型店、東海道(2403付近)

ジュニア模型店、東海道(2403付近)

見上げると看板。「ジュニア模型店」だ。

「東海道」、「大聖院」の案内板(2403付近)

「東海道」、「大聖院」の案内板(2403付近)

この案内板の右へ曲がると建物の脇にあるのが

水沢道標(2403)

水沢道標(2403)

水沢道標だ。

水沢道標(2403)

水沢道標(2403)

その前には説明板がある。

水沢道標の説明板(2403)

水沢道標の説明板(2403)

歌で道案内とは古銭収集家だけあるのだろう。ただし、私なら「すぐ、・・・」の方がありがたい。

 

東海道を先へ進むと

東海道(2403)〜(2670)

東海道(2403)〜(2670)

またまた、お菓子店、団扇最中 太平屋老舗。

団扇最中 太平屋老舗、東海道(2403)〜(2670)

団扇最中 太平屋老舗、東海道(2403)〜(2670)

 

前方に坂、つぎは天白橋。

東海道(2403)〜(2670)

東海道(2403)〜(2670)

 

その前に興正寺に寄り道。

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺の説明板、東海道(2403)〜(2670)

本堂に向かって左手には鐘楼ほか。

日永山興正寺、東海道(2403)〜(2670)

日永山興正寺、東海道(2403)〜(2670)

 

街道へ戻り、天白橋を渡る途中でパチリ。そんなに大きな川ではない。

天白橋(天白川)(2670)

天白橋(天白川)(2670)

橋を渡ると下り。

天白橋(天白川)付近(2670)

天白橋(天白川)付近(2670)

 

右手に両聖寺。

林光山両聖寺(2716)

林光山両聖寺(2716)

林光山両聖寺の説明板(2716)

林光山両聖寺の説明板(2716)

ここには「つんつくおどり」と呼ばれる四日市市指定無形文化財(芸能)の踊りがあるそうだが、説明文を読んでもなかなかその様子を想像できなかった。見てみないと・・・。

四日市市指定無形文化財(芸能) 「つんつくおどり」の説明板(2716)

四日市市指定無形文化財(芸能) 「つんつくおどり」の説明板(2716)

両聖寺の境内はこんな感じ。

林光院両聖寺(2716)

林光院両聖寺(2716)

 

両聖寺を後にすると、道幅の広い道路を横断歩道で渡った。

東海道(2903)

東海道(2903)

その先、左手に祭られているのは日永神社。

日永神社(3020)

日永神社(3020)

日永神社(3020)

日永神社(3020)

日永神社の説明板(3020)

日永神社の説明板(3020)

参道を進み

日永神社(3020)

日永神社(3020)

まずはお参り。

日永神社(3020)

日永神社(3020)

拝殿の右手には道標がある。

追分道標、日永神社(3020)

追分道標、日永神社(3020)

説明文には「追分道標」とある。

追分道標の説明板、日永神社(3020)

追分道標の説明板、日永神社(3020)

説明文には、

この石柱は昔、日永の追分に神宮遥拝鳥居の傍に立てられていた道標である。

とある。

これらの面には「大神宮 いせおいわけ」、「京」と刻され、

追分道標、日永神社(3020)

追分道標、日永神社(3020)

これらの面には「明暦二丙申三月吉日 南無阿弥陀仏 専心」、「山田」と刻されているそうだ。

追分道標、日永神社(3020)

追分道標、日永神社(3020)

お参りを終えると境内にあるトイレをお借りした。参道へ戻ろうとするとこの手水石を発見、「明和元申年八月」とある。

日永神社(3020)

日永神社(3020)

 

街道へ戻るとすぐ目と鼻の先にはこちらの説明板。

長命山薬師堂(3020付近)

長命山薬師堂(3020付近)

四日市市の指定有形文化財(彫刻)に指定されている薬師如来坐像が祀られている薬師堂がこの奥にある。

薬師如来坐像の説明板、長命山薬師堂(3020付近)

薬師如来坐像の説明板、長命山薬師堂(3020付近)

長命山薬師堂(3020付近)

長命山薬師堂(3020付近)

 

街道へ戻ると薬師堂の先にはこのような東海道総合案内がある。

東海道総合案内(3120)

東海道総合案内(3120)

 

続いて、善光山証明院実蓮寺の説明板。

善光山証明院実蓮寺の説明板(3120)〜(3322)

善光山証明院実蓮寺の説明板(3120)〜(3322)

 

さらには、西唱寺。

運祥山 西唱寺、東海道(3120)〜(3322)

運祥山 西唱寺、東海道(3120)〜(3322)

運祥山 西唱寺の説明板、東海道(3120)〜(3322)

運祥山 西唱寺の説明板、東海道(3120)〜(3322)

隣にの建物には「南日永町クラブ」とある。

南日永町クラブ、運祥山 西唱寺、東海道(3120)〜(3322)

南日永町クラブ、運祥山 西唱寺、東海道(3120)〜(3322)

 

交差点を過ぎると注意が必要だ。右手、建物の間の狭い空間に

東海道 日永一里塚阯の石碑(3322)

東海道 日永一里塚阯の石碑(3322)

「史蹟 日永一里塚阯 三重縣」の石碑が立っている。

東海道 日永一里塚阯の石碑(3322)

東海道 日永一里塚阯の石碑(3322)

 

この先には名残の一本松、往時は松の並木道だったのだろう。箱根駅伝で選手が駆け抜ける大磯の松並木を想像してしまった。

東海道 名残の一本松(3710)

東海道 名残の一本松(3710)

東海道 名残の一本松(3710)

東海道 名残の一本松(3710)

東海道 名残の一本松の説明板(3710)

東海道 名残の一本松の説明板(3710)

道幅は往時と変わらないそうだ。

 

名残の一本松を背にして先へ進むと

東海道(3710)〜(4115)

東海道(3710)〜(4115)

左手には所々で国道1号が見える。

近鉄泊駅の案内板がある交差点を通り過ぎると

東海道(3710)〜(4115)

東海道(3710)〜(4115)

「東海道」、「近鉄泊駅」の案内板(4115)

「東海道」、「近鉄泊駅」の案内板(4115)

 

しょうゆ・みそ・たまりの蔵元である伊勢蔵、

伊勢蔵、東海道(4115)〜(4458)

伊勢蔵、東海道(4115)〜(4458)

海星中・高等学校第2グランドが続く。

海星中・高等学校第2グランド、東海道(4115)〜(4458)

海星中・高等学校第2グランド、東海道(4115)〜(4458)

グランドの前には蔵があり、そこが

東海道日永郷土資料館(4458)

東海道日永郷土資料館(4458)

東海道日永郷土資料館となっている。時間があれば立ち寄りたかったが、先のことを考えてしまい今日はパス。

東海道日永郷土資料館(4458)

東海道日永郷土資料館(4458)

 

ここで国道1号と合流、この先に見えるのが日永の追分だ。

東海道日永郷土資料館(4458)付近から望む日永の追分

東海道日永郷土資料館(4458)付近から望む日永の追分

近づいてパチリ。

日永の追分(4615)

日永の追分(4615)

横断歩道を渡るとまずは、この「史蹟 日永の追分」の石碑をパチリ。

「史蹟 日永の追分」の石碑(4615)

「史蹟 日永の追分」の石碑(4615)

以前は道路に設置されていた神宮遥拝鳥居は道路の拡張に伴いこの場に立つそうだ、遥拝。

神宮遥拝鳥居、日永の追分(4615)

神宮遥拝鳥居、日永の追分(4615)

遥拝鳥居の右手には「神宮遙拝御鳥居」の石柱、さらに右手には湧き水の汲み場がある。今日も何人かが入れ替わり立ち替わりでペットボトルに詰め込んでいた。数十本に詰めている人もいた。

神宮遙拝御鳥居の石柱と湧き水汲み場、日永の追分(4615)

神宮遙拝御鳥居の石柱と湧き水汲み場、日永の追分(4615)

そしてこちらが神宮遥拝鳥居の経緯を記した石碑で

神宮遥拝鳥居の説明板、日永の追分(4615)

神宮遥拝鳥居の説明板、日永の追分(4615)

その裏側には造営の年次が刻まれている。

神宮遥拝鳥居の説明板、日永の追分(4615)

神宮遥拝鳥居の説明板、日永の追分(4615)

さらにこの三角地帯の一角には常夜燈を道標もある。

常夜燈と道標、日永の追分(4615)

常夜燈と道標、日永の追分(4615)

道標と常夜燈、日永の追分(4615)

道標と常夜燈、日永の追分(4615)

少し離れたところから追分をパチリ。左側が伊勢神宮へと続く伊勢街道、右がいままでも歩いて来た東海道に別れる。

日永の追分(4615)

日永の追分(4615)

この後はこの追分で東海道を離れ、伊勢街道へと歩きだした。

 

【 20140104 の記録 】

 

 

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