御田祭[おみた](猿田彦神社)

2016年05月05日(木) 御田祭[おみた](猿田彦神社) (車、徒歩)

本日の最終目的地である猿田彦神社に到着した。牛谷坂を下っている途中で花火が上ったので御田祭の開始を知った。(12時半前)

 

御神田の前を通り本殿の裏側から拝殿へたどり着くと

御田祭[おみた](猿田彦神社)

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さだひこ太鼓の演奏が奉納されていた。

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御田祭[おみた](猿田彦神社)

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奉納が終了すると参進となり祭典が開始された。その紹介を始めるにあたり、御神田に準備されていた「御田祭(おみた)」の説明書きを転記しておく。

御田祭(おみた)
五月五日
当神社は本殿に猿田彦大神、相殿として大田命をお祀りし、大神の末孫・宇治土公家が代々奉仕してきた神社です。
大神様は天孫降臨の際にご一行を高千穂峯におみちびきされた後、伊勢を本拠としてこの国を開拓指導されました。また、御裔の大田命様は垂仁天皇の御代に各地を巡歴された倭姫命に五十鈴の川上の霊域を献上され、現在の伊勢の神宮が創建されたと言われます。
このように、古来の深いご神縁とご神跡が猿田彦神社の祭事として伝えられて来たものが、御田祭(おみた)です。
当日、12時15分修祓式に始まり、13時より豊作を祈る本殿祭が斎行されます。続いて神田に参進し神田祭を斎行、趣ある田楽の音楽に合わせて挿苗。植え終わると植方二人が団扇角力で今年の豊作豊漁を占います。次に拝殿前に参進し「豊年踊」が舞われます。最後は団扇角力の大団扇を破る「団扇破り」。この大団扇の紙片は災除けなどのお守りになるといわれています。
この日に奉仕する植方囃方(うえかた・はやしかた)の装束は桃山時代の風俗を残しており、八乙女(やおとめ)等ともども奉仕する様は、在りし時代ののどかな風景を感じさせてくれます。
本殿祭からはじまる一連の祭事は三重県無形文化財に指定され、地元の方々によって変わらぬ奉仕が続けられています。
また、御田祭では「御田扇」「福しょうぶ」が特別授与品として授与されます。「御田扇」は恵比寿・大黒の描かれた扇で五穀豊穣、子孫繁栄などのお守りとして、5月5日にあわせて奉製される「福しょうぶ」は全ての物がすくすくと育つように願いを込めて授与されます。

 

午後1時前になると全面改築された社務所棟の入口に神職が整列し、

御田祭[おみた](猿田彦神社)

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続いて、神職に対面するように巫女および八乙女が整列した。

御田祭[おみた](猿田彦神社)

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お互いが一礼すると参進が開始された。参進の列は公道の歩道を経由して拝殿前の鳥居をくぐった。

御田祭[おみた](猿田彦神社)

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神職に続き、巫女に前後を見守られた八乙女、

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囃方、

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植方

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列の最後には保護者に付き添われた稚児が続いた。

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拝殿では豊作を祈る本殿祭が斎行された。一般拝観者も自由に列席できたので私は右手奥、植方の前に着座して祭典に参加させていただいた。

 

本殿祭が終了すると祭場は御神田へ移され、挿苗、団扇角力が執り行われた。奉仕者は拝殿から御神田へ移動すると田の縁を二手に分かれて・・・

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奉仕者が定位置に着くと降神の儀。

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続いて神饌が中央の案へと並べられた。神饌として「とびうお」が供えられるのは特徴的である。

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本殿祭で八乙女の手に委ねられた早苗が神職に渡されると案の上に並べられると

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宮司により祝詞が奏上された。

 

この後、挿苗の儀となりいわゆる田植えが開始される。

先ほど八乙女から受け取り案の上に並べられた早苗が再び八乙女の手に戻された。

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植方が御神田の西側に整列すると

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御田に足を踏み入れた。

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早苗を捧持した八乙女が植方と対面するように整列すると

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早苗が八乙女から植方へ渡された。

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これにより挿苗が開始された。

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しばらくは黙々と・・・

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ほどなく宮司らは一時退席となった。

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田植え(挿苗)を見守る拝観者の様子も三方からパチリ、パチリ、パチリ。

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南東の隅には「御田扇」が掛けられていた。

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挿苗も中盤を迎える頃になると

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案に並べられていた神饌が撤っせられた。

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挿苗が3分の2を終えた時、植方から手持ちの早苗が回収され、新たな早苗が準備された。

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これれは先日に苗代で見かけた神楽モチだった。

【参考】

 

ここから新たなスタート。

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植える面積も残り少なくなった時、

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退席していた宮司らが神田祭場へ戻られた。

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そのことに気づいていたのだろうか? 植方は黙々と奉仕を続けた。

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どれほどの時間が経過しただろう。(植え始めからここまで約40分)

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これで挿苗は終了。

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植方が御神田を後にすると

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東西に配置されていた大団扇による団扇角力が開始された。東側から大黒、西側から恵比寿が描かれた大団扇が・・・。

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御神田の中央で周回してから

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団扇を合わせて左へ右へ(右へ左へ)。

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場内アナウンスで勝者が告げられたはずなのだが、私は聞き逃してしまった。(私は見ていてもどのように所勝負をつけるのかが未だに理解できない?) 大団扇が御神田を後にすると

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昇神の儀により御神田での祭典は終了となった。

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そして、祭場は方位石が置かれている古殿地跡、拝殿前へと移された。

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御神田の片隅には残された神楽モチの早苗が寂しそうに・・・。

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拝殿前では豊年踊が奉納されるが男性の植方が奉仕するので、女性は緊張がほぐれたか?

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こちらは拝殿前の鳥居下、これらから豊年踊を奉納するために待機中。

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拝殿には神職、巫女、八乙女が着座し、その左右には大団扇が配置された。

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囃方が挨拶を終えると

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豊年踊が開始された。なお、豊年踊については、昨年の記事に動画も交えて紹介しているのでそちらを・・・

【参考】

 

ここでは今年の画像の列挙のみとする。

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豊年踊が終了すると笛と太鼓の演奏が奉納された。

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そして最後には、拝観者が待ちに待っていた団扇破り。

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宮司がまずそれぞれの大団扇の一部を破り取った。大黒に

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恵比寿。

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二本の大団扇が鳥居の方へ近づき、アナウンスで合図がかかると

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一斉に・・・ 目にも止まらない速さで団扇は骨組みだけになっていた。

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大団扇の一片を手に入れると一年間災いごとが除かれ五穀豊穣、商売繁盛の縁起物となる。みんな嬉しそうだ。

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まだまだ骨組みにはしっかりと糊付けされた部分が残っていた。このシツコイ部分にご利益があるのでは。

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拝殿前を後にして御神田へ戻ると後片付けが進められていた。(お疲れさま!)

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今年も御田祭が終了した。

 

【 20160505 の記録 】

 

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