新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

2016年03月06日(日) 新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座) (車、徒歩)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」に参加するために訪れた伊勢河崎商人館。

伊勢河崎商人館

伊勢河崎商人館

 

今回の内容はこちら、

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)のポスター

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)のポスター

 

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)
〜伊勢河崎商人館の新たな価値創造をめざして〜
○基調講演
◇伊勢町衆の記憶・日本最古の紙幣[山田羽書]
〜山田羽書にみる伊勢町衆の暮らしとまちづくり〜
講師 千枝 大志 中京大学文学部学芸員
○パネルディスカッション
コーディネーター 榎本 浩忠 NPO法人伊勢河崎まちづくり衆
テーマ「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化の視点」
現地報告 西城 利夫 伊勢河崎商人館 事務局長
パネラー
須崎 充博 伊勢市産業観光部参事
中村 賢一 有限会社 伊勢文化舎 代表
坂井 治美 株式会社 エスト 取締役 ディレクター・ブランドマネージャー
吉川 松喜 伊勢まちづくり株式会社 代表取締役社長

 

会場である角吾座へ向かうと

伊勢河崎商人館 角吾座

伊勢河崎商人館 角吾座

 

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

 

その中は満席となっていた。

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

 

【基調講演】

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

 

【現地報告】

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

 

【パネルディスカッション】

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」(角吾座)

 

伊勢河崎商人館 角吾座で開催された『新・蔵くら談義XII「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化」』に参加したのは基調講演を担当された千枝さんからメールにてお誘いを頂いたからだった。現在、千枝さんは中京大学に学芸員として勤務されているが、伊勢に居られた頃は学生時代から河崎の町と関わり約20年、今でもこの町に無くてはならない存在となっている。

千枝さんと私の出会いは、今回の会場となった角吾座にて開催されていた古文書勉強会での先生と受講生としてだった。(もちろん千枝さんが先生)何度、勉強会に参加しただろうか、千枝さんが多忙になると勉強会は休止され、千枝さんとお会いする機会もなくなった、それと共に私は古文書の勉強から離れてしまった。

【参考】

 

その後、何度か千枝さんの講演を拝聴し、最後にお会いしたのは彼が伊勢を離れる送別会の時だった。

【参考】

 

それ以来、千枝さんのことは時々思い出す程度だったのだが、最近知り合ったFacebookの友達や先日ブログ「神宮巡々2」の動画について問い合わせを頂いた飯南高校の先生が千枝さんの知人であることを知ると、私の脳裏には千枝さんの姿がチラチラしていた。そんな折、千枝さんからメールが届いた。なんと不思議なことか、予定を調整してこの会場にいることは必然の流れとなった。

本談義のテーマが「伊勢河崎商人館を活かした地域活性化の視点」だったので、こちらに参加する前に伊勢河崎商人館および河崎との関わりについて考えてみた。思い起こせば、それは私が2010年にお伊勢さん125社を巡り始めたことが大きく影響していた。お伊勢さん125社を巡ると神宮の摂社・末社・所管社だけでなく各地の神社にも興味を持つようになり、さらには地域のお祭りにも・・・。そんな私が河崎で古本屋ぽらんを見つけた。その前日には図書館で神宮要綱を見かけ、古本を探していたため迷いなく店の中へ入った。目的とする神宮要綱の在庫はなかったのだが店主の奥村さんには別のお勧め本を紹介していただき、さらには伊勢河崎商人館で開催されている古文書勉強会に誘っていただいたのだった。おそらくこれが私を河崎へ通わせてくれるきっかけとなったに違いない。(ぽらんさんのおかげに感謝)

【参考】

 

その後は古文書勉強会に参加するために伊勢河崎商人館を何度も訪れた。先生であった千枝さんはもちろん、地元の松本さんをはじめとする勉強会参加者の皆さん、さらには商人館の西城さんや西山さん・・・多くの方とお会いすることができた。また、天王祭など河邊七種神社での祭典を楽しんだり、昨年は御遷座に立ち会うこともできた。

【参考】

 

このように私は神社つながりで河崎の魅力にとり憑かれているひとりだった。

 

さて、新・蔵くら談義XIIに話を戻すと、詳細については主催者により議事録に譲ることとし、ここでは私の独断でのまとめを紹介する。

千枝さんの基調(貴重)講演は山田羽書に関する内容であったが、端々に河崎への熱い思いが語られていた。約20年間、河崎の町と関わり続け、当時のパワー(人々の熱い思い)が萎えてしまったことへの苛立ちが小爆発したのかもしれない。その思いが強いからこそ、逆にそれらの発言を苦々しく思う聴講者もいたことだろう。
また、パネルディスカッションは建前と本音が交錯する何とも不思議なもので私は諦め半分でニヤニヤしながらそのその雰囲気を楽しんでいた。ただし、パネルディスカッション終了後の質問タイムの最後に、千枝さんのコーヒー飲み友達と称する男性が本談義の締めくくりの言葉を放った。それは、

 

 「建物が文化を創るのではなく、思いが文化を作る!」

 

だった。

まさにその通り。誰もがそう思っているだろうし反論は無いだろう。それでは何を思うか?
「地域活性化」って何だろう。「地域活性化」を誰が望んでいるのだろうか、本当に必要なのであろうか? 誰の視点で議論するのか? この状況でブランディングに意味があるのだろうか? これは中途半端(?)な観光資源が存在する生活主体の地域に当てはまることで、河崎だけの問題ではない。

ただ、こんなことを考えていると熱い思いなんて生まれないんだろうな。だから私は熱くないのか。そんなことを考えさせられる日となった。

 

『熱い思いに理由なんてない。とにかく、熱いのだ。』
(理由は後からついてくる)

 

とにかく、私はこれからも河崎を訪れることだろう。 私にとってはいい町だから。

 

Comments

  1. 伊勢河崎商人館(元小川酒店)、懐かしいですね・・・
    伊勢では一、二を争う酒問屋でした。
    私の実家も河崎で酒の卸問屋を営んでいたので
    (あの伊勢七夕豪雨による立ち退きで、今は市内の別の
     場所にて営業中ですが)
    小川酒店には小さい頃亡き父親の用事でよく
    出入りしてました。勢田川の対岸には多くの商家が
    水害による立ち退きの以前には、建っていました。
    今は、堤防になっていますが懐かしい思い出です
      たかっち

    1. たかっち さん
      こんばんは、いつもコメントありがとうございます。
      あの七夕豪雨では河崎は大変なことになっていたとはこの日(新・蔵くら談義XII)に知りました。
      立ち退きされた方々は大変な思いだったでしょうね。皆さんが「懐かしい」と思えるといいのですが・・・

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