2016年10月15日(土) 第45回 初穂曳(外宮領陸曳)(特別神領民サポート) (徒歩)
初穂曳とは神宮の神嘗祭に際し、両宮(内宮・外宮)に初穂を奉納し神恩に感謝するとともにお木曳行事の継承を図ることを目的とする行事で、外宮へは10月15日に奉曳車により陸曳で、内宮へは10月16日に川ぞりにより川曳で初穂が運ばれると両宮に奉納される。
本日は10月15日、外宮領陸曳の日であり奉曳車は一番車から三番車まで3台が活躍した。
一番車は皇學館大学生と地元の子どもたちが中心で、二番車は地元町衆、そして三番車は全国から集まった特別神領民による奉曳となった。
10月15日は式日なのでこの日が休日にならないと参加できないのだが、今年はありがたく土曜日だったので参加することができた。自分でも驚いているが今回が初穂曳に初めての参加だった。
私は以前も紹介したように「伊勢・むすびの会」の会員として三番車での奉曳、奉納サポートにあたった。
「伊勢・むすびの会」の目的は次の通り。
10月15日の初穂曳のサポート活動を主としたグループ。
神宮の年間を通して最大の祭り「神嘗祭」を奉祝する市民の行事の核となる初穂曳を継続していく神宮奉仕会青年部の取り組みを支援し、協力団体として参加する。
奉仕会青年部の初穂曳(神嘗奉祝祭)の計画を補完することが目的であり、現場での活動は青年部長、または事務局と相談の上、行う。
お白石行事サポート隊参加を機に、希望する個人ボランティアの有志で発起し、一団体として独立運営し、進めていく。
私は以前に参加したお白石持行事でのサポートのイメージで参加したのだが、来年の参考資料とするために「伊勢・むすびの会」のメンバーや全体の運営の様子を撮影する記録係を担当することになった。しかし、実際に動いてみると記録することを忘れて身体はサポートに動いてしまい、「あっ、いかんいかん、記録・記録」と自分に言い聞かせることの連続だった。
ここでは私の通常の目的とは異なる観点からの記録写真から一部を抜粋して紹介する。
(そのため「伊勢・むすびの会」のメンバーの活動が中心になっていることは否めない。)
スタッフの集合場所へ向かう前に外宮の北御門へ向うと衛士見張所付近のテントには
奉納するための初穂の稲束がすでに用意されていた。
この後集合場所である伊勢高柳商店街の入口へ向かうと、途中でペイローダーに引かれる奉曳車とすれ違った。出発地点へ移動中だった。
そしてこちらが集合場所、「伊勢・むすびの会」のメンバーもかなり集まっていた。
アーケードの下には二番車、
そして、こちらが三番車。
しばらくすると二番車もペイに引かれていった。
スタッフ全体の会議を終えると、「伊勢・むすびの会」二度目の打ち合せとなった。
その後、すべての奉曳車が出発地点へ配置された。
一番車、
そして、稲束があふれるほどにつまれた二番車。
そして最後尾は多数の米俵が積まれた三番車。
全体の出発式では、新しく準備された一番車の紹介があり、
車輪に特徴があるとのこと。車輪にはゴムは巻かれておらず、
軸が車輪に直接、差し込まれている直椀形式とのこと。
椀については「ガキ」さんのブログに紹介されている。
【参考】
準備が整うと一番車が出発し、二番車も出発した。
三番車は約30分後、特別神領民の受付時刻は10時〜だが、例年であればすでに多くの方々が集まっているそうだ。今年は出遅れていた。(とは言え10時〜受付なので)
なお、3番車の曳き手は特別神領民、約850名でかなりの大人数だった。奉曳車から延びる二本の綱への配置と多人数の誘導のために幟が準備されている。進行方向に向かって左から「宮」「神」「勢」「伊」で、綱先が一珠、綱元側が二珠との組み合わせで「伊①」、「神②」などと区画分けされる。参加者は首から下げている木札とこの幟で自分が居るべき場所を知ることができるシステムだ。
受付後に整列するための幟が立てられると
各団体から集まっている木遣りが声出しと調整を始めた。
それに合わせたかのように特別神領民を乗せたバスが次から次へと到着し、
「伊勢・むすびの会」のメンバーらが受付、出発式の開催場所への誘導を担当した。
しばらくすると出発式が始まった。
「エンヤ」の掛け声の練習が繰り返された。慣れないとなかなか声は出ないものだ。しかし、奉曳が開始され後半には大きな声が出ているから不思議なものだ。
出発式を終えると曳き手は奉曳車の左右を二列ずつに分かれて進んだ。まずは一珠の400名強。
続いて二珠も400名強が・・・
全員が配置に着くと綱が延ばされ、木遣りの後に出発となった。(スタッフを撮影していたので、奉曳の様子はあまりない。)
須原大社の交差点を通過すると
月夜見宮の前にて小休止。
月夜見宮前を出発するとかなり声も出ていて手も上がっていた。「エンヤ」「エンヤ」・・・
「エンヤ」「エンヤ」・・・
そしてこちらは一番の難所、県道37号へと直角に曲る交差点。予めたどるルートが白線で引かれていたため特に混乱もなくすんなりと曲ることができた。
しばしこの場で休憩。
反対側の車道ではじゃこっぺ踊りが奉納されていたので多数の見物人が集まっていた。
ここは外宮へと引き込まれる場所で、道路の端には端の名残である出張り(石)があり危険箇所となっている。その様子を確認してパチリ。ここでも特に問題は発生しなかったようだ。
何とか無事に奉曳車が外宮の駐車場へ入ると、綱先の一珠は綱から外れると先に北御門参道へ進んだ。そのあとは二珠で奉曳車を曳き込んだ。
火除橋の前では初穂の稲束が配付されていた。
北御門参道鳥居付近を先頭に左側へ寄ってしばし待機。初穂を奉納する五丈殿および御垣内参拝での注意点について説明を受けると列が鳥居をくぐった。
この後も左側通行・・・
「伊勢・むすびの会」のメンバーらが参道へ広がらないように誘導し
五丈殿が建つ大庭へと案内した。
特別神領民はこちら、五丈殿にて初穂を奉納した。
初穂の奉納を終えると続いては御垣内参拝。さすがに850名が一度に御垣内へ入れないため、
ここでは二グループに分かれた。
まずは最初のグループ「伊」と「勢」。板垣の前にて修祓を受けると
蕃塀の裏を通るとこの先で二列になり板垣南御門をくぐると御垣内へ入った。
続いて次のグループ「神」「宮」も同様に
二列になって
御垣内へ向かった。
御垣内参拝を終えた特別神領民は表参道を進み、第一鳥居を抜けると
この場で初穂の稲が納められた御初穂の包を授与された。
以上で初穂曳(外宮領陸曳)のサポートは終了となった。
遅い昼食を終えると午後3時半に外宮へ再び集合した。それは神嘗奉祝祭に参加した団体とともに初穂を奉納し、御垣内参拝するためだった。
銘々が手水舎にて手水を受けると表参道の第一鳥居前に団体単位で整列。こちらで修祓を受けると
順番に鳥居をくぐり大庭を目指した。
大庭の五丈殿にて初穂の奉納を終えると
御正宮へ向かった。板垣の前で待機していると三俵の米俵が御垣内へと担ぎ込まれた。
何名が御垣内へ参入したのだろうか。整列するだけでもかなりの時間を要した。そのため参拝を終えてから退出するまでも時間がかかったので最後尾にて参拝の余韻を感じながら御垣内の雰囲気を楽しんでいた。
以上ですべてが終了。
表参道を戻り第一鳥居をくぐると
その先にはスタッフが並んでお見送り。私もこの列に加わった。
直会には参加できずに先に帰途に着いたが、駅前から外宮へと続く県道37号は平静を取り戻していた。
初穂曳、貴重な体験でしたね。
全国からかなりの人数が
集まったとのこと、
びっくりしました
たかっちさん
私は奉曳・奉献のサポートはお白石持行事以来だったので、貴重な体験となりました。
また特別神領民の方々の数には圧倒されました。
私は記録担当のはずだったのですが、知らず知らずのうちに声を出してサポートしていました。
記録係の役割に徹しないといけないと何度も何度も自分に言い聞かせた次第です。
とにかく無事に奉納を終えることができ、皆さんに感謝です。
はじめまして。このたびの初穂曳に特別神領民として参加した者です。
記事を読ませていただいて、よその土地からやってきた自分の知らないところで、地元の方々に大変なご尽力をいただいていたのだなあと、あらためて感謝の気持ちが湧いてきました。
また、たくさんの写真も、奉曳の素晴らしい体験を今一度思い出すことができ、感慨深く拝見させていただきました。
本当にありがとうございました。
神宮には年に1度はお参りさせていただいております。
また折にふれ、ブログを読ませていただきたいと思います。
yunta さん
初穂曳での奉曳・奉納、お疲れ様でした。
また、特別神領民としてご奉仕いただきありがとうございます。
皆様へのサポートでいたらない点も多々あったことと思いますが
今後ともよろしくお願いします。