月讀宮・伊佐奈岐宮の舊跡探訪は手詰まり(本誓寺にて)

2017年08月27日(日) 月讀宮・伊佐奈岐宮の舊跡探訪は手詰まり(本誓寺にて) (徒歩)

昨日も訪れた本誓寺(伊勢市久世戸町)だが、昨日にも目的は達成できなかった。

【参考】

 

なぜに私は本誓寺を訪れたのか、それは伊勢古文書同好会での勉強会テキストとして使用している「宮川夜話草」に端を発している。先のリンクでも紹介したように宮川夜話草に記されている次の内容に惹かれたからだった。

宮川夜話草における王孫池の一節

宮川夜話草における王孫池の一節

 

本誓寺に方一丈餘の森二ヶ所
月讀宮伊佐奈伎宮の舊地
稲葉神社
おからす明神

 

それは、本誓寺の東に約3m四方の森が二ヶ所あり、それらは月讀宮と伊佐奈伎宮の旧地である。この旧地とは月讀宮が鎮座する中村町へ移る前の場所で、「宮川夜話草」が書かれた当時でもこの旧知について知るものは少なかったとのこと。ここで旧地の目印となるモノはオカラス明神とも称される稲葉神社だ。

そのため、月讀宮伊佐奈伎宮の舊地を探訪するための重要なキーワードは次の三つ。

  • 本誓寺の東
  • 稲葉神社
  • オカラス明神

 

まず舊地の場所を特定するために重要なのは本誓寺の位置、現在の位置が昔と変わっていないのか?

地理院地図(電子国土Web) の空中写真・衛星写真にて過去の写真を見ることができるため、そこで確認したところ1961年〜1964年の写真でも本誓寺は現在と同じ場所に存在していた。

【参考】

 

しかし、起点となる場所がずれていてはすべてが狂ってしまう。確定させるためにはお寺で聞くしかない。昨日はそのチャンスを得られなかったので、再び訪れたのだった。

本誓寺(伊勢市久世戸町)

本誓寺(伊勢市久世戸町)

 

本日は読経は聞こえず静かなお寺。本堂にお参りしてから寺務所へ向かうと名乗ってから「古文書の勉強をしてまして、宮川夜話草に本誓寺の名があり、その東に月讀宮の旧跡があったそうで・・・・」と話を始めた。すると廃仏毀釈の話となり「廃仏毀釈の時にすべてのモノが廃棄され、残されたのは御本尊だけだった。」ただ「本誓寺の位置は変わっていない。」とのことだった。

この話からすると廃仏毀釈以降は場所を変えていない。しかし、史料がない以上それ以前の位置についてはわからずじまいか・・・。

本誓寺(伊勢市久世戸町)

本誓寺(伊勢市久世戸町)

 

また、昨日気になっていた境内にまつられているお稲荷さんについても尋ねると「こちらの名は羽衣神社で大正年間に檀家が建ててくれたもの」とのことだった。

大正年間に造営された羽衣稲荷(本誓寺)

大正年間に造営された羽衣稲荷(本誓寺)

 

もしかしてこのお稲荷さんが稲葉神社で、その移転元さえ分かれば月讀宮の舊地を容易に知れると夢想した私は浅はかだった。ここですべての持ち駒をなくし、途方に暮れたのだった。

本誓寺(伊勢市久世戸町)から望む東方向

本誓寺(伊勢市久世戸町)から望む東方向

 

じっと東の方を見つめた。

本誓寺(伊勢市久世戸町)から望む東方向

本誓寺(伊勢市久世戸町)から望む東方向

 

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