二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清兵衛、清六の名(伊勢市二見町溝口)

2017年07月15日(土) 二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清兵衛、清六の名(伊勢市二見町溝口) (徒歩)

割石を訪れた巡りの途中に伊勢市二見町溝口に鎮座する二見神社(姫宮稲荷神社)に立ち寄った。

二見神社(姫宮稲荷神社)(伊勢市二見町溝口)

二見神社(姫宮稲荷神社)(伊勢市二見町溝口)

 

お参りを終えてから常夜燈に目をやると気になる名? 「河村清兵衛」

二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清兵衛の名(伊勢市二見町溝口

二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清兵衛の名(伊勢市二見町溝口

 

隣の常夜燈には「河村清六」

二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清六の名(伊勢市二見町溝口)

二見神社(姫宮稲荷神社)の常夜燈に刻まれた河村清六の名(伊勢市二見町溝口)

 

そして、その反対の面にはそれぞれ「山田宮後町」の文字が刻されていた。

山田宮後町と刻された常夜燈、二見神社(姫宮稲荷神社)(伊勢市二見町溝口)

山田宮後町と刻された常夜燈、二見神社(姫宮稲荷神社)(伊勢市二見町溝口)

 

宮後の河村清兵衛と言えば・・・ 河崎から宮後へ移転し岩出市大夫から味噌醤油製造場および器具一切とともに糀屋の商号を継承した河村家、つまり今の糀屋さんか?

それにしても二見のこちらの神社に常夜燈を建立しているのはなぜだろう?

常夜燈の建立年代が確認するのを忘れたのが悔やまれる。

 

もやもやとしつつこの場をあとにすると

二見神社(姫宮稲荷神社)を後

二見神社(姫宮稲荷神社)を後

 

先を急いだ。

二見神社(姫宮稲荷神社)から五十鈴川へ

二見神社(姫宮稲荷神社)から五十鈴川へ

 

帰宅後にたまたま見つけたのが、国立国会図書館のデジタルコレクションに登録されている「神都名家集」だった。それによると

河村清兵衛氏は、明治四年十二月二日該家に生れ幼名を長之助と称す清六氏は度会郡東二見村三津の人にして河村家の養嗣子・・・

 

これで何とか、河村清兵衛とその父である清六、さらには二見町との関連性を見つけることができたが、こちらの神社が鎮座する溝口は西二見村に属し、父清六の出生地である東二見村とは隣村であった。

まだまだ疑問は残るが、常夜燈の奉納者を眺める楽しみを感じた。

今まで人名など余り気にしていなかったが、これも河邊七種神社古文書の会(伊勢市河崎)に参加しているおかげだ。

【参考】

 

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