やっと理解できた社号標の理由(朝柄八柱神社・五箇谷神社)

2017年03月25日(土) やっと理解できた社号標の理由(朝柄八柱神社・五箇谷神社) (車、徒歩)

昨年の夏、偶然にも訪れたのは多気郡多気町朝柄に鎮座する五箇谷神社(朝柄八柱神社)。参道の入口に建つ社号標に疑問を持ったが、その後も疑問を解消できる答えを見つけることはできずに時が過ぎていた。

【参考】

五箇谷神社、八柱神社の社号標(多気郡多気町朝柄)

五箇谷神社、八柱神社の社号標(多気郡多気町朝柄)

 

そんな折、またまた偶然にも御遷座奉祝祭についての情報がお二人の方からお寄せ頂けた。

こうなれば訪れない理由はない。早朝から朝柄八柱神社を訪れると奉祝祭の準備で忙しいにもかかわらず私のために参拝のしおりを探し、いろいろと説明してくださった氏子総代さん、その方のおかげで、今回の御遷宮(御遷座)は八柱神社のものであること、さらには私が疑問としていた二つの社号の疑問が解明されたのだった。

それは、こちらの参拝のしおりに詳細が記されている。その概要は先の記事でも紹介した「栄通神社と浜郷神社の関係(伊勢市通町)と同様だった。

【参考】

 

明治政府が推し進めた一村一社制、その強制的な合祀活動によりこの周辺地域(五箇谷村内)の神社が一か所に集められた。それが現在、五箇谷神社の社号がある場所、ただしここは朝柄の産土社が合祀された八柱神社の地でもあった。つまり、朝柄の八柱神社の社地に周辺字の神社が集められ、その名が五箇谷神社と単称されたのだった。ところが戦後になると事情が変った。各字からは元あった場所への回帰が要望され、結局は分祀が進められた。最終的にこの場所に残されたのは元々この地に祭られていた朝柄の八柱神社のみとなったのだった。ところが、神社庁の登録名は「五箇谷神社」のままである。

名目は「五箇谷神社」であるが、実質は「(朝柄)八柱神社」となっている。この本音と建前のような関係に氏子は振り回されてしまうのか。

しかし、今回の御遷宮は実質優先のものとなっていた。

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

参拝のしおり、朝柄八柱神社(五箇谷神社)

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