2017年11月12日(日) ひささ池を訪れるために独りだけの斎王参向古道ウォーク (車、徒歩)
斎王参向古道まつり(水池土器製作遺跡)にてミニ斎王群行が終了すると私はまつり会場を後にした。
先に参加した斎王参向古道ウォークで巡れなかった杜をどうしても確認したくて、独りの斎王参向古道ウォークを実施することにした。(結局、その杜にはひささ池があり、今は枯れていることが分かった。詳細は後述)
【参考】
- 斎王参向古道ウォーク(斎王参向古道まつり) 2017年11月12日
水池土器製作遺跡から伊勢街道へ出ると先に歩いたルートをトレースするように進んだ。
斎王参向古道入口にて伊勢街道を離れると
案内板に従った。
済生会明和病院の敷地を取り巻くような地道を進むと
ここで開かれた道路に出る。振り返ってパチリ。
こちらの川の左岸を・・・
ついに独り斎王参向古道ウォークの目的地に到着した。ここ(コンクリートの橋?)で川を渡ると気になっていたこの杜に近づいた。
その前には「ひささ池」と記した石柱があった。その隣には
こちらの説明板。
ひささ池(明星本郷地内)
●この池は古来から水を満々と湛え稲作用水として使用されていた。
●地元には池に関して次のようないいつたえがある。
1.池には「白うなぎ」が棲んでいて水神さんと崇められていた。
2.日照り続きで雨が降らない時に村人は困り果て池のほとりで「雨乞い」をした。
3.「雨乞い」は鐘、太鼓、ほら貝などを鳴らしながら「アーモターモレ・アーモターモレ」と唱え天にお祈りをし雨乞いの度に池の中に壷(瓶)を沈めそれに蓋を重ねて置いていった。
4.そしたら夕立がきて村人たちは大変に喜んだ。
5.その昔、倭姫命がこの地を南下中ひささ池の辺で休息した時に夜空に金星(宵の明星)が輝き又、池にきれいに映っていたのでこの地を(明星)と名付けられた。
●宮川用水が完成してから池の水は使われず又、平成初期に行われた付近一帯の耕地整理により池の水は枯れてしまった。
●平成9年に池の底から雨乞いに使ったと思われる時が発見されて昔からの言い伝えが事実であったこ事が証明された。
出土品は発掘記録と共に本郷会館に展示保管されている。
(省略)
さらにその下にはこちらも
伊勢神宮へ献上する有尓(うに)土器をこの池の水を使って調整したといわれる
付近に片葉の葦(あし)がある
池の主は白うなぎで雨乞いの神といわれ干ばつの年 村人は雨乞いをした
この説明にあるように池の水は干上がっていた。また、周辺で片葉の葦を探したが見つけられなかった。
ひささ池の杜を背にするとその正面には有弐神社跡が望める。
ひささ池を後にして有弐神社跡へ向かうと
こんな場所に気づいた。先にツアーで巡った時には気づかなかったが
神さんが埋められていた。
この後は、先に歩いたルートから少し外れて、気になっていたこんな場所の前を通った。
その後はルートに戻ると宮川用水土地改良区箕村操作所の先で
斎王竹の道を歩き
その先の
鞍ヶ迫間池で手押しポンプを見つけた。この役割りは何だろう? 不思議な場所に設置されたポンプ!
鞍ヶ迫間池には「斎王参向古道」の文字を見ることができた。ここはまだ斎王参向古道なのだろうか?
降るような柿を見上げながら先へ進むと
だんどく池付近でオリエンテーリングのポストを見かけた。
先にも目にしたこの案内板。いったい斎王参向古道はどこまでなのだろう? 結局はよくわからない・・・
NPO法人うにの郷クラブを後にするとスマホのナビに導かれて大仏山公園まで戻った。