伊勢和紙館の二階には旧御師「龍大夫」の看板と館の配置図、ほか

2017年05月27日(土) 伊勢和紙館の二階には旧御師「龍大夫」の看板と館の配置図、ほか (車、徒歩)

高潤生さんの個展を体感するために訪れた伊勢和紙ギャラリー。その展示は伊勢和紙館の二階にも展開されていた。

【参考】

 

伊勢和紙館(大豊和紙工業株式会社)

伊勢和紙館(大豊和紙工業株式会社)

 

伊勢和紙館の二階は初体験、二階への階段を進むとこちらの部屋に高潤生さんの作品が・・・ さらに、私を呼び寄せるものが

伊勢和紙館二階(大豊和紙工業株式会社)

伊勢和紙館二階(大豊和紙工業株式会社)

 

それは床の間に立て掛けられていたこの巨大な「龍大夫」看板だった。

旧御師 龍大夫の看板(伊勢和紙館)

旧御師 龍大夫の看板(伊勢和紙館)

 

旧御師 龍大夫の看板(伊勢和紙館)

旧御師 龍大夫の看板(伊勢和紙館)

 

そして、看板の前にはこちらの説明書きが添えられていた。

伊勢の御師と龍大夫の説明板

伊勢の御師と龍大夫の説明板

 

伊勢の御師(おんし)と龍大夫(りゅうだゆう)
御師は元来御祈祷師の略称で、特定の寺社に属して、参詣者をその寺社に誘導し、祈祷、宿泊の世話をするものをいう。一般には「おし」と発音するが、伊勢神宮のみ「おんし」といった。伊勢神宮の場合、皇室・門跡(もんぜき)・将軍・大名・農民・商人などはすべて特定の御師に属していた。諸国からの参詣人は、御師の家に宿泊し、御師邸内に設けられた神楽殿(かぐらでん)で神楽を奉納、御師宅の者の案内で外宮・内宮などを参拝して帰国。御師は参宮者を檀家(だんか)と呼び、年末年始には手代が諸国の檀家を廻り、伊勢神宮の大麻(御神札)・伊勢暦・伊勢の特産物などを配るという関係であった。安永6年(1777)の史料によると、御師の数453軒、檀家は496万軒少々であった。しかし明治初年に御師職は太政官布告により廃された。
大豊和紙工業は、その旧御師のひとつ、龍大夫邸跡地に立地している。豊受大神をお祀りしている外宮周辺は山田と呼ばれ、山田の御師の中でも龍大夫は有力であり、関東を中心に3000余りの村々に檀家を有していた。当時の館は伊勢でも最も荘重なたたずまいで、明治13年(1880)7月、陸軍機動演習の御統監のための行幸の際に、明治天皇が龍大夫邸を行在所(あんざいしょ)とされた。現在も工場敷地内に残されている。

 

また、この説明書きの奥に立て掛けられていたのはこちら、

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

 

屋敷図だった。

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

 

旧御師龍大夫邸 屋敷図
当社は、1917年に隣接する旧御師龍大夫邸を買収し、今日の工場敷地の基礎を固めました。龍大夫邸の井戸は現存し、「龍の井」の碑が建てられています。また、明治天皇が宿泊された部屋の位置は、「明治天皇行在所」として保存され、三重県の史跡に指定されています。

 

「見難いな」と思ったら、壁面には和紙に印刷されたこの図が立って見易い位置に掲示されていた。

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

旧御師龍太夫邸の屋敷図(伊勢和紙館)

 

こんな地図を見てしまうと MieMu 三重県総合博物館で目にした『旧御師 三日市大夫次郎 邸の30分の1の縮尺模型』を思い出した。

【参考】

 

また、唯一(?)現存する旧御師 丸岡宗大夫邸のことが気になってしまった。

【参考】

 

いつも寄り道してしまうので、記事を書いていても・・・、話を元に戻すと

先の屋敷図では台所の位置に「龍之井」と井戸が示されていた。以前、こちらの敷地で井戸を見たような・・・。一階へ戻ると係の女性に確認した。すると「所用があるので・・・」と彼女はわざわざ井戸のところまで案内してくれた。

 

こちらが「龍の井」で、今は配管のサビ等の理由で使用されていないそうだ。しまし、こちらから汲み上げることができる地下水は現在でも工場で使用されているとのことだった。

龍能(の)井付近(大豊和紙工業株式会社)

龍能(の)井付近(大豊和紙工業株式会社)

 

ここには明治天皇御料 龍能(の)井の石碑があり、その右側には

明治天皇御料 龍能(の)井の石碑(大豊和紙工業株式会社)

明治天皇御料 龍能(の)井の石碑(大豊和紙工業株式会社)

 

「龍の井」(近くに民家があるので、注意しながらのパチリ)

龍能(の)井(大豊和紙工業株式会社)

龍能(の)井(大豊和紙工業株式会社)

 

龍能(の)井(大豊和紙工業株式会社)

龍能(の)井(大豊和紙工業株式会社)

 

看板と屋敷図と井戸。今まで漠然としていた龍大夫邸が少しだけでも身近になった。

なお、明治天皇行在所の見学は次回のためにとっておいた。

これで作品展示以外にも大豊和紙工業を訪れる理由ができた。

 

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