『都に続く縁の道を歩く』〜さあ!まいこましてこかぁ〜パート4

2016年11月13日(日) 『都に続く縁の道を歩く』〜さあ!まいこましてこかぁ〜パート4 (車、徒歩)

2020年の「日本書紀」編纂1300年を目標に、神武東征の上陸地と言い伝えられる大紀町のに錦から都(奈良)までの道を辿る「丹敷戸畔の謎」解明プロジェクト『都に続く縁(えにし)の道を歩く』〜さあ!まいこましてこかぁ〜 もパート4となった。

パート1: 錦から柏崎の笠木峠を越え、旧宮川村  天ヶ瀬まで、
( 2013年12月1日 )
パート2: 天ヶ瀬から栗谷を通り大陽寺を訪ね、湯谷峠を越えて
旧飯高町(松阪市) ( 2014年10月19日 )
パート3: 舟戸地区から高見峠(大峠)まで
( 2015年11月15日 )

 

私は前回パート3から参加だったが、今回は縁あって山歩きコースのスタッフとして参加することになった。

【参考】

 

今回の概要はパンフレットによると

 2020年の「日本書紀」編纂1300年を目標に、神武東征の上陸地と言い伝えのある大紀町錦から都(奈良)までの道を辿る企画も4回目をむかえました。魚や塩を奈良方面まで運んだ行商の道であり、漁師が大漁を願った祈りの道でもあります。いよいよ高見峠を下り奈良に入ります。錦に現存する大般若経六百巻は西暦1100年宇賀志(うかし)のお寺で書かれたものです。「古事記・日本書紀」に登場するエウカシ・オトウカシの宇賀志(現在は菟田野(うたの))を訪ねます。

山歩きコースは昨年のゴール(旧国道166号)高見峠から高見山頂をめざし、奈良県側(東吉野村)へ下ります。(高見山頂まで約1時間の急な登りが続きます)山頂から約1時間30分の下りです。
バス史跡巡りコースは午前中東吉野村を回り、両コースのバスは宇賀神社で合流しこのイベントの重要ポイントのひとつである菟田野(うたの)を回ります。
いよいよ奈良県に入り、古代から続く奈良と錦との繋がりを検証します。お楽しみに

今回も皇學館大学の岡田登教授が同行して、都へ続く道の史跡等の解説をして下さいます。

 

波瀬神社、黒瀧神社を巡ってから松阪市飯高B&G海洋センターへ予定時刻の8時30分に到着。すでに到着していたスタッフと数名の受付を済ませると宮川総合支所から来るバスを待っていた。

バス史跡巡りコースはバスが2台で、山歩きコースは1台、スタッフも合わせると総勢で80名強の大人数だ。私がスタッフを務める山歩きコースは案内人、スタッフも含めて26人だった。

なお、山歩きコースは高見山を越えてから史跡巡りコースに合流するためタイトなスケジュールとなっていた。そのため宮川総合支所からバスが到着したら松阪市飯高B&G海洋センターからの参加者を乗せて先に出発することになっていた。

松阪市飯高B&G海洋センター

松阪市飯高B&G海洋センター

 

バスが到着すると人数を確認し、いざ高見峠へ。出発!

山歩きコースの出発(松阪市飯高B&G海洋センター)

山歩きコースの出発(松阪市飯高B&G海洋センター)

 

国道166号のループ橋を過ぎ

松阪市飯高B&G海洋センター〜大峠(高見峠)

松阪市飯高B&G海洋センター〜大峠(高見峠)

 

高見トンネルの手前から旧国道166号へ入るとバスはくねくねと走り高度を稼いだ。右手方向には高見山が見えてきた。

松阪市飯高B&G海洋センター〜大峠(高見峠)

松阪市飯高B&G海洋センター〜大峠(高見峠)

 

しばらく走ると高見峠(大峠)に到着。

大峠(高見峠)

大峠(高見峠)

 

各人で柔軟体操を済ませると

大峠(高見峠)

大峠(高見峠)

 

本日の案内人が紹介された。今回の案内人、高見山山頂に鎮座する高角神社の宮司 松田登貴也さんだった。祭典のために月に一度は山頂の高角神社を往復するそうだ。

今回の案内人、高見山山頂に鎮座する高角神社の宮司 松田登貴也さん

今回の案内人、高見山山頂に鎮座する高角神社の宮司 松田登貴也さん

 

鳥居をくぐるとまずは高見山頂を目指しての山歩きが始まった。

大峠(高見峠)〜高見山

大峠(高見峠)〜高見山

 

とにかく登る、登る・・・

大峠(高見峠)〜高見山

大峠(高見峠)〜高見山

 

思わず惹かれてパチリ。

大峠(高見峠)〜高見山

大峠(高見峠)〜高見山

 

ここは山頂までは3分1くらいの場所だろうか、休憩広場。

近畿自然歩道 休憩広場の道標(大峠〜高見山)

近畿自然歩道 休憩広場の道標(大峠〜高見山)

 

山行の最後尾を歩いていたところ、体調を崩した参加者が登頂を断念するとのこと。山慣れた方だったので、エスケープルートの提案もあり先行するスタッフにその旨を告げて来た道を下ることになった。不調となった方と彼の奥様、そして私の3名が大峠(高見峠)まで戻ると水平道(伊勢南街道)を歩いて小峠へ向かうことになった。(今回の予定ルートでは山頂から小峠へ下るため、先回りして小峠で合流することにいなった。エスケープルートがあったからヨカッタ)

休憩広場(高見峠〜高見山)付近からの眺望

休憩広場(高見峠〜高見山)付近からの眺望

 

高見山に別れを告げると来た道をくだった。

休憩広場(高見峠〜高見山)

休憩広場(高見峠〜高見山)

 

私は以前に登ったことを思い出しながら・・・

【参考】

 

下りは速かった。休憩広場から15分もかからずに大峠(高見峠)付近に到着。

大峠(高見峠)付近

大峠(高見峠)付近

 

大峠からは旧国道ではなくこちらのルート。ここは伊勢南街道、まさに魚(いよ)の道、今回のプロジェクトには高見山を越えるよりピッタリのルートとなった。災い転じて福となすだった。また、以前に私が高見山を訪れた時には伊勢南街道も旧国道166号も大峠から奈良側へは通行止めとなっていた。

(すでに開通していることは聞いていたのだが)すべてがラッキーだった。

伊勢南街道、大峠(高見峠)付近

伊勢南街道、大峠(高見峠)付近

 

初めて歩く伊勢南街道を楽しみながら・・・

伊勢南街道(大峠〜小峠)

伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

時には障害物を越えて、

伊勢南街道(大峠〜小峠)

伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

杉林の中を黙々と歩いた。

伊勢南街道(大峠〜小峠)

伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

しばらくすると森が切れ、急に視界が開けた。

伊勢南街道(大峠〜小峠)

伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

その先には見下ろすのが恐ろしくなる程の法面があった。下にはアスファルト舗装された道路が見える。どうやらこの場所が大幅に崩れたため通行止めとなっていたようだ。やっと復旧されたのだろう。

災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

 

山道の近くには水準点の標石が横たえられていた。よく流されなかったものだ!

放置されたままの水準点、災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

放置されたままの水準点、災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

 

災害復旧現場を通り過ぎてから振り返ってパチリ。

災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

災害復旧された崩落現場(大峠〜小峠)

 

さらに進むと石畳跡の道標。ただし、石畳は???

石畳跡の道標、伊勢南街道(大峠〜小峠)

石畳跡の道標、伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

続いて、盗人岩。上方に見えていたが今日は単独行ではないので、調査せずに先を急いだ。

盗人岩の説明板、伊勢南街道(大峠〜小峠)

盗人岩の説明板、伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

・・・

伊勢南街道(大峠〜小峠)

伊勢南街道(大峠〜小峠)

 

そしてついに旧国道に合流する場所に到着した。

伊勢南街道(大峠〜小峠)から見下ろした旧国道

伊勢南街道(大峠〜小峠)から見下ろした旧国道

 

ヘアピン付近に下ると旧国道を背にするようにこのゲートの先へ進んだ。車は通行できない。

伊勢南街道(旧国道付近から小峠へ)

伊勢南街道(旧国道付近から小峠へ)

 

程なく、この案内板を見つけた。そこには「小峠まで0.2km。また、伊勢街道の文字が見える。」

「至旧高見越へ伊勢街道 小峠へ0.2km」の道標

「至旧高見越へ伊勢街道 小峠へ0.2km」の道標

 

ほどなく小峠付近、まず最初に目に入ったのが「通行人安全」地蔵さん。少し高い所にまつられていた。

「通行人安全」地蔵(小峠付近)

「通行人安全」地蔵(小峠付近)

 

さらに進むと右手の鳥居を通り過ぎた先にこちらの道標。

小峠に立つ近畿自然歩道の道標

小峠に立つ近畿自然歩道の道標

 

その向かい側にはこちら。

「至旧高見越へ伊勢街道 高見峠へ1.7km」の道標

「至旧高見越へ伊勢街道 高見峠へ1.7km」の道標

 

さらに「小峠」の道標。道標だらけだ。

「小峠」「至旧高見越へ伊勢街道 杉谷登山口へ2.8km」の道標

「小峠」「至旧高見越へ伊勢街道 杉谷登山口へ2.8km」の道標

 

通常ルートを歩いている参加者に先行して小峠に到着したが、結局30分以上この場所で待つことになった。

高見山の小峠付近

高見山の小峠付近

 

少し待ち疲れていた頃、案内人が先頭で下ってきた。

高見山、小峠の鳥居

高見山、小峠の鳥居

 

全員が小峠に到着すると小休止の後、

高見山の小峠にて

高見山の小峠にて

 

杉谷登山口へ向った。この先は比較的緩やかな下りだ。

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

ところがいきなり危険箇所に遭遇。迂回路が山側に設置されていた。

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

迂回路から見下ろすと法面の土砂が深くえぐられていた。おお恐い!

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

危険箇所を過ぎると石畳となった。

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

倒れた丸太をくぐりながら

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

談笑しながらの山行となった。不調になり一度はエスケープした参加者も体調が回復したようで、最後尾を歩く私の視界にはいなかった。ここは雲母曲(きららひじ)。

「雲母曲」の案内板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

「雲母曲」の案内板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

さらに下ると

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

「虱(しらみ)とり」の説明板が転がっていた。「昔お遍路さんがむずむずする虱をさがし求めた・・・」とある。

「虱とり」の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

「虱とり」の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

最高の天気のなか

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)からの風景

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)からの風景

 

秋の気配を感じながら

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

間隙から感激!

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)からの風景

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)からの風景

 

さまざまな彩りが美しい。

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

ここは古市の跡、面影は全くない。

古市跡、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

古市跡、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

古市の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

古市の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

さらに下ると

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

振り返ってパチリ。

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

足元は石畳で階段となっていた。これは延々と続くから敷設した努力は大変なものだったろう。

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

途中でこんな説明板「撞木松」、見上げて

撞木松の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

撞木松の説明板、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

パチリ。これが撞木松だ。

撞木松、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

撞木松、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

この後石畳のつづら折れ。

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

石畳、伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

この橋を渡ると

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

伊勢南街道(小峠〜杉谷登山口)

 

左手に屋根が見えてきた。

伊勢南街道(杉谷登山口付近)の風景

伊勢南街道(杉谷登山口付近)の風景

 

「旧伊勢南街道」の説明板を過ぎると

「旧伊勢南街道」の説明板(杉谷登山口付近)

「旧伊勢南街道」の説明板(杉谷登山口付近)

 

山神がまつられ、変わったお供えがある。山神さんにお参りすると

山神(杉谷登山口付近)

山神(杉谷登山口付近)

 

その先はこんな風景。

伊勢南街道(高見山杉谷登山口付近)

伊勢南街道(高見山杉谷登山口付近)

 

ほどなく、高見山杉谷登山口に到着した。

伊勢南街道(高見山杉谷登山口)

伊勢南街道(高見山杉谷登山口)

 

こちらで昼食となった。

伊勢南街道(高見山杉谷登山口)

伊勢南街道(高見山杉谷登山口)

 

昼食のお弁当は豪華だった。(550円)

昼食の弁当

昼食の弁当

 

予定が押していたので、短い昼休み休憩の間に急いで昼食を終えるとバスは出発。この後はバス史跡巡りコースと合流だが、どこで合流できるのかは山歩きの進行状況で変化していた。そして、目指した合流地点は宇賀神社。何と前方に合流すべきバスは走っているではないか!素晴らしい演出(?)に感動だ。

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)へ

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)へ

 

宇賀神社に到着すると

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)

 

地元の「宇陀市の神話と歴史を考える会」の方と皇學館大学文学部教授である岡田登さんによる解説が・・・。(周囲で聞いていたがよく聞こえず)

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)

 

解説を終えると血原の看板を過ぎ、

宇賀神社血原(宇陀市菟田野宇賀志)

宇賀神社血原(宇陀市菟田野宇賀志)

 

その先にある

神武ゆかりの地 小字ヲドノ(宇陀市菟田野宇賀志)

神武ゆかりの地 小字ヲドノ(宇陀市菟田野宇賀志)

神武ゆかりの地 「小字ヲドノ」を見学。

神武ゆかりの地 小字ヲドノの説明板(宇陀市菟田野宇賀志)

神武ゆかりの地 小字ヲドノの説明板(宇陀市菟田野宇賀志)

 

ヲドノの前から宇賀神社方向をパ〜〜チリ。イイ風景が広がっている。

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)付近のパノラマ

宇賀神社(宇陀市菟田野宇賀志)付近のパノラマ

 

宇賀神社から2〜3分移動するとこの場所でバスを下りた。

金剛寺址(八坂神社)(宇陀市菟田野宇賀志)へ

金剛寺址(八坂神社)(宇陀市菟田野宇賀志)へ

 

向ったのは金剛寺址に隣接している八坂神社。金剛寺は、先に紹介した「錦(金蔵寺)に現存する大般若経六百巻は西暦1100年宇賀志(うかし)のお寺で書かれたもの」のお寺であった。つまり、この隣にあったお寺で書かれた大般若経が大紀町錦の金蔵寺に現存することになる。

八坂神社(宇陀市菟田野宇賀志)

八坂神社(宇陀市菟田野宇賀志)

 

こちらは八坂神社の説明板。

八坂神社の説明板(宇陀市菟田野宇賀志)

八坂神社の説明板(宇陀市菟田野宇賀志)

 

 御社名 八坂神社
御祭神 須盞之男尊 農耕の神 祓の神
鎮座地 宇陀郡菟田野町宇賀志小字矢谷
例大祭 十月六日
由緒
当社は須盞之男尊をまつり牛頭天王宮と称せられ創祀由緒不明旧村社である
本殿は春日造の一間社で棟札石灯などの記銘によって寛文以前のことが判る社頭の石造手水鉢の側面に「正応四年(1291年)二月廿七日」と三行に銘してあり鎌倉時代の五輪石塔の地輪を転用したものである
昭和六十一年(1986年)に本殿拝殿玉垣参集所等大造営が行なわれた

 

訪れる際は裏手の参道を通り、八坂神社を後にする際は急な階段下に立派な鳥居が建つ表参道を進んだ。

八坂神社の参道(宇陀市菟田野宇賀志)

八坂神社の参道(宇陀市菟田野宇賀志)

 

道路に出てから振り返ってパチリ。

八坂神社(宇陀市菟田野宇賀志)

八坂神社(宇陀市菟田野宇賀志)

 

八坂神社に向って左方向(この道路は宇賀神社へとバスで走った道路で、これから向かうのは戻る方向)へ進むと車道から右への分岐がある。緩やかな坂道を高台へと進むと

神武天皇聖蹟菟田穿邑顕彰碑へ(宇陀市菟田野宇賀志)

神武天皇聖蹟菟田穿邑顕彰碑へ(宇陀市菟田野宇賀志)

 

その先には神武天皇聖蹟菟田穿邑顕彰碑が建てられていた。

神武天皇聖蹟菟田穿邑顕彰碑(宇陀市菟田野宇賀志)

神武天皇聖蹟菟田穿邑顕彰碑(宇陀市菟田野宇賀志)

 

予定は一時間ほど押しているとのこと、急いでバスへ戻ると宇太水分神社を目指した。

宇太水分神社付近(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社付近(宇陀市菟田野古市場)

 

宇太水分神社では「宇陀市の神話と歴史を考える会」や宇陀市の方々の歓迎を受けた。

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

 

こちらは国宝となっている

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

 

「宇陀市の神話と歴史を考える会」や宇陀市の方々による挨拶の後、皇學館大学文学部教授である岡田登さんによるミニ講演会。

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

 

機縁撮影を終えると急ぎ足で宇太水分神社を後にした。

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社(宇陀市菟田野古市場)

 

駐車場へ戻る途中でパチリ。

宇太水分神社付近(宇陀市菟田野古市場)

宇太水分神社付近(宇陀市菟田野古市場)

 

宇太水分神社を後にすると産直所に立ち寄ってから帰途についた。あとは国道166号を・・・

松阪市飯高B&G海洋センターへの帰路

松阪市飯高B&G海洋センターへの帰路

 

予定より一時間ほど遅れていたが、皆さん満足だったのでは? 山歩きコースのバスのなかでは「山歩きもできて、歴史も楽しめるなんてこんな贅沢なツアーは他にない」との声が聞こえていた。

松阪市飯高B&G海洋センターへの帰路

松阪市飯高B&G海洋センターへの帰路

 

バスは松阪市飯高B&G海洋センターに到着。ここから乗り込んだ数名が下車。(私も)

到着、松阪市飯高B&G海洋センター

到着、松阪市飯高B&G海洋センター

 

その後、宮川総合支所を目指すバスを見送った。

松阪市飯高B&G海洋センター

松阪市飯高B&G海洋センター

 

長い1日だったがとても充実した時間を過ごすことができた。素晴らしいツアーとなった。

参加者の皆さん、「宇陀市の神話と歴史を考える会」・宇陀市の皆さん、皇學館大学文学部教授 岡田登さん、そしてスタッフの皆さん お疲れ様でした。

来年も楽しみだ!

 

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