2016年05月14日(土) 風日祈祭(外宮) (車、徒歩)
(伊勢)神宮では、天候が順調で風雨の災害がなく、五穀の豊作をお祈りする風日祈祭(かざひのみさい)が年に二回、5月14日と8月4日に斎行され、特に5月14日には御幣の他に御笠と御蓑が奉られる。
今までこれらの笠と蓑をしっかりと目にしたことがなかったので、今日はそれらを拝見することを重視しながら風日祈祭を拝観することにした。外宮先祭で外宮では午前5時、内宮では午前9時である。
以前ならこの時期は外宮も午前4時には拝観停止時間が終了(拝観開始)していたのだが、最近は一年を通じて5時となってしまった。外宮の表参道口に4時45分頃に到着すると
数名の知人とお会いした。4時50分頃になると参進の開始を告げる報鼓が鳴らされた。我々は拝観停止のための柵に対峙して火除橋の前でその音を聞いた。
参進の列が斎館を出ると、修祓を受けるために忌火屋殿の前庭へ向かう姿を想像しながら祭典看板に魅入っていた。
定刻の5時が近づくと
神宮衛士が火除橋前から看板を移動し、続いて柵が・・・
この時を待ちわびていた参拝者は火除橋を渡り手水舎にて心身を清めると参道を進んだ。第二鳥居をくぐり、神楽殿の神札授与所の先で忌火屋殿から通じる北御門参道が合流する。その合流点には大庭が広がりその一角には神宮125社のひとつである四至神(豊受大神宮 所管社)が石神としてまつられている。
四至神の前には祭典の準備が整えられ、その奥に建つ九丈殿には多数の案が並べられていた。あとで分かったのだがその案の上には多数の御笠と御蓑が並べられ摂社・末社等を遙祀したとのこと。
別宮遙拝所付近で待機していると忌火屋殿の前庭にて修祓を終えた神職の列が近づいてきた。
こちらは大宮司を先頭として参進。
こちらが御正宮へと運ばれた辛櫃でこの中に幣帛と御笠、御蓑が納められている。(なぜふたつ?)
御正宮への参進を見送ると
私はこの場に留まり、続いて近づいてくる列に観いった。
その列は
別宮遙拝所の手前で左へ曲がると
この奥にある別宮を目指した。
多賀宮への石階の下へたどり着くとこの列は
三方へと別れた。左に風宮、正面に多賀宮、右に土宮。
御正宮へ戻ると祭典は内玉垣内で執り行われ、参拝者はその様子をうかがい知ることはできない。
御正宮を後にすると古殿地、
別宮ほかにお参りしてから
多賀宮への石階下にて待機していた。御正宮での祭典を終えた神職の列が別宮へ参進し、ここでは
多賀宮、土宮へと列が別れた。
多賀宮では叶わないが、土宮での祭典は近くで拝観できるとのこと。神職の列が風宮の幄舎へ著くと拝観者も場所を移動して
この場所から土宮での風日祈祭を拝観した。
そして念願だった御笠、御蓑を奉る様子を目にすることができた。
これがこちら。
幣帛および御笠、御蓑が本殿前の案に奉られると祝詞奏上、八度拝にて祭典が続き
最後に幣帛および御笠、御蓑が案から下げられると
辛櫃へ戻された。
以上で土宮での風日祈祭が終了した。
続いては風宮にて祭典を執り行うために
神職は土宮から風宮へと移動した。
いつもなら風宮での祭典を拝観するのだが、神宮衛士に確認したところ先に確認した九丈殿での遙祀と四至神での祭典は別宮と同時に執り行われるとのことだった。
急いで大庭へ戻ると四至神にて祭典が執り行われている最中で、ちょうど祝詞奏上を終えた場面から拝観することができた。(こちらで写真撮影していたら、出仕が両手で×サインを送り、「撮影はダメ」との指示があったのでここには掲載しない。それは常なのか、今回だけなのかは不明であるが、こちらでは御笠・御蓑を間近に観ることができる。来年はこちらで拝観しよう!)
四至神での祭典は終了すると、時を合わせたかのように別宮にて祭典を終えて神職が退下となった。
表参道へ戻ると
第二鳥居をくぐり返して斎館へと戻った。
以上で外宮での風日祈祭が終了した。
【 20160514 AM の記録 】
- 風日祈祭(外宮)
- 目立たぬ場所にある外宮の駐輪場
- 御潜神事を拝観するために鳥羽市国崎町へ
- 神宮御料鰒調製所と鎧崎(鳥羽市国崎町)
- 海士潜女神社(あまかづきめ、あまくぐりめ)(鳥羽市国崎町)
- 海士潜女神社から老の浜へ(鳥羽市国崎町)
- 伊勢志摩サミット開催記念事業 御潜神事 再現(鳥羽市国崎町 老の浜)